1.辛辣な「伝説の練習生」

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「お前は自分の名前と年齢も忘れたのか」  イェジュンが眉間に皺を寄せたのを見た遥斗は、慌ててどもりながら答えた。 「え、ええと、僕の名前は遥斗。宮苑遥斗です。年齢は十七歳……じゃなかった。韓国の歳で……ええと、ええと……、十八歳です」  数え歳で年齢を数える韓国の風習にまだ慣れない遥斗は、ついつい日本での数え方で年齢を答えてしまう。特にこんな異質な状況下では、自分の数え年を思い出そうとしても頭がこんがらがってパニックに陥りそうだ。 「ふうん。十八か」  イェジュンはそんな遥斗の焦りなどどこ吹く風。ただまじまじと遥斗を頭のてっぺんから足の爪先まで見つめてくる。その顔は何度見ても完全無欠で美しく、見ているだけで息が上がりそうだ。 「遥斗は俺のことを知っているようだから、自己紹介も必要ないと思うが、一応。俺はソン・イェジュン。お前より二つ年上の二十歳だ。cantareから移籍して、今日からお前らと同じJ-M-Eエンターテイメントの練習生になる」 「はぁ……。それはどうも」 「こんな夜遅くまでダンスの練習とはご苦労なこった。それにしても下手くそなダンスだったがな。動きがぎこちなくて、まるで生まれたばかりの小鹿だ」  相変わらずイェジュンの言葉は辛辣で、オブラートに包むということを知らない。遥斗はカチンときてイェジュン相手に言い返した。 「こ、小鹿って! プロの講師でもないあなたに勝手にダンスを評価されたくないです!」 「俺がプロの講師だろうがそうじゃなかろうが、下手なものに下手と言ったまでだ。そもそも、俺たちのファンになる人たちはダンスのプロでも何でもない。でも、そのファンから評価されて俺たちはアイドルになれる。プロにだけダンスを評価されたいなら、アイドルを目指すのはやめるんだな」  イェジュンの顔色一つ変えないド正論に遥斗はぐうの音も出なかった。目を細めて見下ろしてくるその威圧感に圧倒されそうだ。 「まぁ、自分でもダンスが下手くそだという自覚があるからこそ、こうやってダンス練習に必死こいているんだろうが。もしかして、俺にさっき言われて悔しかったからやってるのか?」 「う、(うぬ)()れないでください! 僕は僕の意志で練習しようと思ってるだけですから。もうデビューメンバーから外されるような惨めな思いはしたくないし」  いちいち図星を突いてくるイェジュンに遥斗は押されるばかりだったが、イェジュンに言われたがために練習にやる気が出たと認めるのは、さすがにプライドが許さない。  体裁だけは守ろうと必死に抵抗を試みると、イェジュンは遥斗をしげしげと見つめてきた。 「では、失恋したと騒いでいた男のことはもういいのか?」 「べ、別にイェジュンさんに関係ないでしょう。それに、僕は音楽で生きていくって決めてますから。もう二度と失恋なんか言い訳にしません」  遥斗は冷や汗を流しながらそう主張した。すると、イェジュンの顔が少しだけ和らいだように見えた。
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