Z

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 ある病院の事務員にZという男性がいた。  50代後半のZは真面目で無口な人間だと周囲に思われていて、彼は人にどう思われようともお構いなし、働きぶりを評価してもらっても無関心だった。  周囲からは変わり者と評されていて、Zの過去は謎に満ちていた。  Zの過去に興味を持つ者は誰もいなかったので、わざわざ関わって謎を解き明かそうとする珍しい知り合いもいなかった。  事件は、手術中に起きた。 「何が名医だ! このヤブ医者が!」と銃を持った男が叫びながら、取り押さえようとする警備員を振り払って、手術室に入って来た。  男は、この病院の元職員で親を医療ミスで亡くしていた。  その時の担当医は、目の前の、怯えた表情をしているスティーブンだった。  男は躊躇わずに銃を撃つ。  銃は弾切れになるまで撃ち続けられて、スティーブンは無惨な姿となった。  男は銃を撃ち終わると、呆然とした表情を保ったまま膝をついて、慟哭した。  直後に、警備員により男は押さえられて手術室の外に連れてかれた。    抵抗は一切しなかった。  病院内は騒がしくなり、名医のスティーブンが亡くなった以上、ただでさえ困難な手術を継続するのは不可能に思えた。  そのとき、「僕が手術の続きをしよう。成功させられる」と事務員Zが現れた。  一瞬にして、場が静まりかえった。 「僕は元医師だ。この患者に必要な処置を分かっている。だから、任せて」とZは言う。 「お前、冗談言ってる場合じゃねえの分かるだろ? 早く出てけよ」  看護師のレオナルドが怒鳴る。   「これは僕の意志だけでなく、院長からの指示でもある。法律より人命の方を優先すべきだ。命は法より重い。君はそう思わないか?」 「この野郎、ぶん殴るぞ! 偉そうに! 院長の指示だのデタラメ言いやがって!」 「僕が言ったことは真実だ」  直後、レオナルドがZに殴りかかろうとしたとき、「やめろ!」と院長の威厳がある声がした。  皆が沈黙したのを確認すると、院長が話し始めた。 「彼が元医師というのは本当で、腕は確かだ。ただ、彼は勤務中に、自分の手術を服につけた隠しカメラで撮影して販売していたため、服役することになった過去がある。刑期を終えたZ君を私が事務員として雇ったのだ。まともだった頃には、随分と貢献してもらった借りがあったからな」 「僕は、ただ素晴らしい娯楽を世の中に流通させたかっただけさ」とZが言う。  すぐさま、「だが、君がした行為は重罪だ」と院長が嗜める。  院長は、さらに話を続けようとしたが、Zが「時間がないんだ、後にしてくれ」と患者に近づいて処置を始めた。  院長は口を閉ざして、Zが処置の準備をするのを黙認していた。    レオナルドが院長を一瞥してから、Zに指示を仰いだ。  手術は無事成功した。  手術後、医師免許を持たずに医療行為をしたZは、すぐに自首した。  誰も悲しまなかった。  庇おうともしなかった。  結果として、多方面に顔が利く院長の裏工作もありZだけが罪を被り服役することとなった。  後にZは、「画一的な人間ばかりの塀の外で暮らすより、魅力的な大勢の人間と関われる牢屋の方が刺激的で楽しいんだ」と満面の笑みを浮かべながら、新聞社のインタビューに応えた。  友情を求めていたが、人と関わるのが苦手だったZ。彼は孤独な時間が長すぎたため自分との対話に飽きていたらしい。その分、歪んだ方向に好奇心が向いたのではないかと記事には書かれていた。    最後の一文によると、「もしZと親しくなれた人がいたならば、エネルギッシュな好奇心を正しく扱えたかもしれないですね」、と元勤務先の病院関係者が無関心そうに呟いていたらしい。  
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