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 朝から来てくれた一樹と一緒に、深雪ちゃんを駅まで送る。梅雨の合間の晴れた空は、深雪ちゃんの門出を祝っている。 「一樹くん、真帆をお願いね」  深雪ちゃんはそう言って一樹の手をしっかりと握った。 「はい」  答えた一樹は頼もしかった。  昨日までの深雪ちゃんの部屋は、明日から一樹の部屋になる。広めのリビングキッチンと八畳の部屋が一つ、六畳間が二つ。母が死んだあと、持ち家を売って父が選んだマンション。私と一樹はそこで新婚生活をスタートする。  私はあの部屋を処分して新しい場所で新婚生活を始めたかったけれど「今は売るべきじゃない」という不動産業界に勤める友人の意見で断念した。深雪ちゃんがいなかったら、もっと早くに売っていたと思う。深雪ちゃんとの思い出が無ければ、私はあの部屋もあの部屋で過ごした父との時間も、父も嫌いだったから。 「真帆……これ」  もうすぐ電車が来るというアナウンスが流れてすぐに、深雪ちゃんが一通の封筒を鞄から出した。 「真帆と離れるときに渡してほしいって、兄さんから預かってた」  兄さん? お父さん?……一瞬固まって手が出せなかった私に代わって、一樹がその封筒を持った。私がこんな風になる理由を一樹は知っている。深雪ちゃんには言っていなかった。深雪ちゃんにとって、私の父は自分の窮地を救ってくれた優しいお兄さんなのだから。  
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