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 深雪ちゃんから預かった手紙は一樹が持ったまま、駅からマンションに向かって歩いていたときに、手紙が入ったサコッシュをポンと叩いた一樹が言った。 「ちょっと驚いたね。どこかで読む?」  一樹の言葉に首を振った。どんなことが書いてあるにしても、外で取り乱したくはなかった。父が亡くなったのは私が15歳の時だ。  一樹は当時大学生で、私の中学に教育実習に来ていた。素敵な先輩に私は憧れていたけれど、もちろん当時は付き合ったりしていたわけじゃない。でも教育実習のお別れ会で一樹が話してくれた音楽フェスにどうしても行きたくなって、「連れて行ってほしい」とLINMを送った私と友人の二人を、一樹はフェスに連れて行ってくれた。  父が最初に私に手をあげたのは、あの日だ。  フェスが終わって駅の混雑で電車に乗れなくて、私は門限の時間より遅くなってしまった。「謝る」と言ってくれた一樹を断って、家に入ってすぐに父に頬を打たれた。  母が亡くなってからの父は周囲が感心するほど優しく母の分まで私を大切にしてくれていたから、門限を破った反省よりも驚きの方が大きかったと思う。  それからの父は何かあるごとに私に手をあげるようになった。中学生になってから、父は急に厳しくなっていたけれど、あのときは小学生の頃の優しい父が豹変したように感じて、それから私は常に父に怯えていたように思う。  考えてみると父が変わったのは、それだけではなかった。母と三人で暮らし、途中数年は深雪ちゃんも一緒に暮らした古い戸建ての家を、私になんの相談もなく売ってしまったこともあった。  古い家の庭にあった梅の木は、僅かだが実をつけた。それを母ととって梅シロップを作ったことは私の大切な母との思い出だったから、そのすべてを売って駅に近いマンションを買った父が信じられなかった。父にとって母との思い出はそれほど大切でなかったのだろう。  
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