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 リビングのテーブルの上に、サコッシュから出した手紙を置いて一樹は腕組みをしている。  「封開けて」と言った私に「さすがにそれは自分でしなさい」と。  コーヒーを淹れたマグカップを二つ、テーブルに置いてから、私は封筒を手に取った。それはなんでもない白い封筒で、だけど白はすっかり燻んでいる。  父から暴力を受けていた話は、当時誰にも相談できないでいた。学校で友達に青あざのことを聞かれたときは「転んだ」と笑っていた。美容師として勤めるお店の近くに引っ越した深雪ちゃんとは、時々会っていたけれど言わなかった。  青あざの原因をしつこく聞いてきたのは、あのフェスのあとも時々ライブに誘ってくれていた一樹だけだ。一樹は大学を出ても教育者にはならなかったけれど、自分が学んだ事ごとからもしやと思ってくれていたらしい。  真実を知った一樹が、激昂して父に意見すると言ってくれた頃、父は倒れて入院した。  自分の父親が病で倒れたというのに、その頃の私は悲しみよりもほっとした気持ちのほうが大きかったと思う。もう言葉の暴力も肉体的な暴力も受けずに済むと思っていた。そしてそのまま、父が退院をせずに病院で召されたときも、悲しみとそんな気持ちが心のなかで同等のスペースを占めていた。  封筒に鋏を入れながら、またテーブルに戻す。いったい何が書かれているのだろう。薄情な私への恨み言など、今更知りたくもない。 「読まないの?」  そう言った一樹に複雑に微笑んでみせる。 「何が書いてあっても、俺は真帆の味方だ」  テーブルの上に所在なげに置いた手の上に、一樹が手を重ねてくれた。そのとき、一樹と同時に見たいと思った。 「一緒に見てくれる?」  頷いた一樹を確認してから、封筒に指を入れ、中から便箋を出す。
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