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6
ああ、あの人はそんな嫌がらせもしていたのか。私に手をあげるだけでなく、私に関わる人にまで……。咄嗟にそう思った。
「あの時、ちょうどいい機会だから文句言ってやろうと思ってたんだ。自分の子どもをサンドバッグみたいに扱うなんて最低だってさ。んでいろいろ言ったと思う」
「……ありがとう……」
一樹がそんな風に思ってくれたことは嬉しかった。だから、素直に気持ちを伝えたのに、彼は笑顔にならない。何かを考え込んでいる。よほど嫌な思いをさせてしまったのだろう。
「ごめんね、嫌なことさせて、言わせて」
いたたまれなくなって言った私に向かって、一樹はひらひらと右手を振った。
「いや、そうじゃないんだ」
そう言うとまた何かを考え込んでしまった。
ごめんね。
コーヒーは冷めてしまっている。一樹は腕を組んで空を見つめながら何かを考えている。そしておもむろにテーブルの上の紙を見てから口を開いた。
「真帆さあ、お母さんが亡くなったのって小ニだっけ?」
お母さん?
「うん。そう」
「そのとき、どうなった?」
「どうって……朝、『いってらっしゃい』って見送ってくれたお母さんが、学校から帰ったらいなくて、そのまま永遠にいなくなってて、よくわからなかった。悲しくて淋しくて、学校も行けなくなった」
一樹に答えながら泣きそうになっていた。
「そりゃそうだよな。まだ二年生だったんだし。……その喪失感はどうやって乗り越えたの?」
一樹に言われて初めてあの感覚が喪失感というものなんだと思った。あの頃、泣いて泣いて泣きながら眠るとき、ずっと隣に父がいてくれた。目が覚めたときもいつも父がいてくれた。やはりあの悲しみを乗り越えられたのは、父がいてくれたからだ。それは間違いない。
「……お父さんがずっと側にいてくれたと思う。小学生の頃はお父さん、優しかったから」
母が亡くなったあと、私がなんとか立ち直ったあとも父は優しかった。遠足のお弁当も必ず手作りのものを持たせてくれたし、運動会や参観日には遅れてでも来てくれた。
父が変わったのは、私が中学生になってからだ。家事もまったくしなくなってすべて私がしていた。友達と遊ぶ時間もなかったと思う。
私はそんなことをつとつとと一樹に話した。
一樹はまた腕を組んで考え込んでしまった。
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