ハカセと美織の続いていく旅

16/16
前へ
/16ページ
次へ
「2日前に死んだ。もうお婆ちゃんだったんだ。ミィは天寿を全うしたんだよ」 「そんな……私が再生するまでに、どれくらいの時間がかかったの?」 「……19年と3ヶ月」  ハカセは愛おしそうに、ベッドの脇に立ったまま動かないロボットを見た。 「ゼノ……!?」 「ゼノは最後の仕事をやり遂げたんだ」  美織の目から、涙があふれた。両手で顔を覆う。涙はいつまでも流れ続けた。 「美織、君が望む望まないにかかわらず、僕らの命だって有限だ。君が次に再生するには、おそらく膨大な時間を要する。ゼノがいない今、完全に再生できるかどうかは、もはや運次第だ」  美織は手のひらで涙をぬぐった。ベッドから降り、傍らのゼノを抱きしめる。 「ゼノ、ありがとう」  それからハカセの元へ行き、ハカセのことも抱きしめた。 「ありがとう、ハカセ」  ハカセは美織の背中に手を回し、小さくうなずいた。 「私はハカセの優しさにずっと救われてた。そして、甘えてばっかりだったね」  美織はそっと、ハカセから体を離した。その瞳はまだ揺れていたが、何かを決意した強い色がそこにはあった。 「ハカセ、私、生きてみる。その意味を考えながら」  ハカセは優しく微笑んだ。そして、部屋を出て行く美織の背中を見送る。それから手を伸ばし、そっとゼノの顔に触れた。 「お疲れ様、ゼノ」  窓辺に立って外を眺めると、庭の片隅にしゃがみ込んで手を合わせる美織の姿が見えた。そこはつい先日、ハカセがミィを弔った場所だ。美織はその墓標を優しく撫でる。そして、立ち上がった。  美織の後ろ姿が通りを曲がって見えなくなる。ハカセは、窓から吹き込む風を頬に受けながらつぶやいた。 「ボン・ボヤージュ。君の最後の旅に、幸多からんことを」 (了)
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加