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「2日前に死んだ。もうお婆ちゃんだったんだ。ミィは天寿を全うしたんだよ」
「そんな……私が再生するまでに、どれくらいの時間がかかったの?」
「……19年と3ヶ月」
ハカセは愛おしそうに、ベッドの脇に立ったまま動かないロボットを見た。
「ゼノ……!?」
「ゼノは最後の仕事をやり遂げたんだ」
美織の目から、涙があふれた。両手で顔を覆う。涙はいつまでも流れ続けた。
「美織、君が望む望まないにかかわらず、僕らの命だって有限だ。君が次に再生するには、おそらく膨大な時間を要する。ゼノがいない今、完全に再生できるかどうかは、もはや運次第だ」
美織は手のひらで涙をぬぐった。ベッドから降り、傍らのゼノを抱きしめる。
「ゼノ、ありがとう」
それからハカセの元へ行き、ハカセのことも抱きしめた。
「ありがとう、ハカセ」
ハカセは美織の背中に手を回し、小さくうなずいた。
「私はハカセの優しさにずっと救われてた。そして、甘えてばっかりだったね」
美織はそっと、ハカセから体を離した。その瞳はまだ揺れていたが、何かを決意した強い色がそこにはあった。
「ハカセ、私、生きてみる。その意味を考えながら」
ハカセは優しく微笑んだ。そして、部屋を出て行く美織の背中を見送る。それから手を伸ばし、そっとゼノの顔に触れた。
「お疲れ様、ゼノ」
窓辺に立って外を眺めると、庭の片隅にしゃがみ込んで手を合わせる美織の姿が見えた。そこはつい先日、ハカセがミィを弔った場所だ。美織はその墓標を優しく撫でる。そして、立ち上がった。
美織の後ろ姿が通りを曲がって見えなくなる。ハカセは、窓から吹き込む風を頬に受けながらつぶやいた。
「ボン・ボヤージュ。君の最後の旅に、幸多からんことを」
(了)
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