春は、もう

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 春の日差しを遮るカーテン。昼間なのに薄い影が満ちる部屋。ベッドの下には二人分の衣服が重なる。真っ白なシーツの上、何にも遮られることなく抱き合えば、引き合う欲は鮮明になる。  夜ではないからライトなんてなくても細部まで見えてしまう。胸の小さな尖り。発熱した体の色。薄い汗の膜。目で鼻で指先で。唇で舌で。感じられるすべてで触れたかった。 「あっ、ん、――あら、し、待っ」  上から下へと辿る愛撫が春彦の脚の間、熱の元へと辿り着く。指を沿わせただけで容易く硬度は増し、内側に閉じ込められた発情を露わにする。反り返った先に唇で触れれば、普段は聞くことのない高い声が降ってくる。  もっと聞きたい、もっと溢れて欲しい。止まることのない欲は膨らみ続ける。 「っ、あ、……んん、待っ」  指で追い詰めた先を口に含む。舌を這わせれば、浮かんだ雫はすぐに唾液と溶け合う。口内で混ざる体液が濃度を上げ、春彦が腰をよじるのを体重で押さえる。 「あ、待って、や」  春彦の手が頭に伸びてきたが、構うことなく続ける。春彦の全部が可愛くて、愛しくて、欲しくてたまらなかった。離れていた二年半、忘れたことなんて一日もない。それさえ口にはできないから、言葉ではなく体で伝える。こんなにも思っているのだと。 「もういく、から、離せっ……――んんっ」  狭めた口で吸い上げれば、髪を掴んでいた春彦の指がぎゅっと強まり、ゆっくりと弛緩していく。飲み込んだ先でも春彦を求める熱は膨らみ続けた。 「あっ、待っ」  力の抜けた脚を持ち上げ、奥の窄まりを舌先でなぞる。 「や、あ、あら、し」  縁に沿って熱を植え付ければ、少しずつ緩み、受け容れようとするのがわかる。唾液とともに中をうかがえば、触れた先から溶けるように柔らかくなっていく。 「あ、んん、や……」  舌でひらいた場所へ指を足し、奥へと路を作る。ゆっくり引き抜きながら、春彦の発情の種を刺激すれば、体とともに跳ね上がった声が降ってきた。 「やっ、あっ」  きゅうっと一度閉まった場所が熱をたたえ、喘ぐように呼吸する。  入りたい。春彦の中に。一番奥に。 「春彦」  名前を呼ぶ。  赤く染まった顔がゆっくりと(ほど)けていく。 「……嵐」  きて、と唇の動きだけで言われ、押し当てた熱がさらに膨らんだが、そのまま割りひらく。 「――ん、んんっ」  突き進みたい衝動を抑え、春彦の呼吸に合わせる。  ぎゅっと閉じられた瞼が薄く開き、 「痛い?」  と尋ねれば、緩く首を振られる。  視線を絡ませたまま、吐き出された息に沿って進む。内壁の熱を痛いくらいに感じ、溶け合う発情に、奥へと導かれる。指では辿り着かなかった先を春彦がひらいてくれる。 「あっ……」  最奥に触れた瞬間、春彦の声が零れ落ちた。 「はるひこ」  抱えていた脚を離し、春彦の頬に顔を寄せる。流れた涙を舌で掬えば「くすぐったい」と笑われる。繋がった先を緩く穿ちながら耳を喰めば、先ほどよりもさらに高い声が零れ、その音だけで発情は増していく。 「あ、あ、」  春彦の声が律動に合わせて跳ねる。  優しく抱きしめていたい気持ちと先を暴きたい気持ちと。矛盾するようでしないのは、どちらも同じ想いから湧き出ているから。波のように奥へと迫りながら想いを口にする。 「……好きだよ」  俺も、好き、と息で応える春彦に抱きしめられる。回された腕と絡められた脚と、高まっていく鼓動。互いに向かう先は同じだと、言葉よりも体が知っている。 「あ、あっ、あら、し」  途切れ途切れの声が肌から染み込む。二つの体に挟まれ、春彦も発情しているのがわかる。擦り、擦られ、外側も内側も触れ合う全部が二人だけのものになる。  胸に溢れる愛しさも、その奥で鳴る痛みも、全部が二人だけの世界。重ねているのは体だけではない。そう、信じられる。 「はる、ひこ……もう」 「う、ん」  体が行う行為には果てがある。終わりたくないと心が叫んでも、体は果てを求め突き進む。 「……んっ」 「あ、――あぁっ」  互いの体が興奮と絶頂に震える。すぐには離れ難く、もう少しだけ、と汗ばむ肌のまま抱き合った。  ***  シャワーから戻ると、先ほどまでいた寝室とは違い、リビングには夕陽が差し込んでいた。  テーブルは片付けられ、マグカップがふたつ置かれている。 「作ってみた」  と笑いながら春彦が片方を差し出してくれる。隣に座れば、二人分の体重にソファが軽く軋む。 「……梅茶?」  お酒の甘い匂いはない。梅干しはお湯の中でほぐされていた。口をつければ今日覚えたばかりの味が広がる。 「うん、なんか、今はこれかなって」  心地よい疲労感と気だるさ。満ちる春の空気。染み込む温かさにそっと息がこぼれる。  買ったお酒を開けるのは、明日でも明後日でもまた来週でもいい。今急ぐ必要はどこにもない。春はまだ続くのだから。 「……うまいな」 「だろ?」  小さな笑い声が重なり、響き合う。  窓から入り込んだ風が肌を撫でていく。ふわりと柔らかな香りが浮かび、春彦の髪が揺れた。同じシャンプーなのに自分とはどこか違う気がして、鼻先を近づければ白い肌に浮かぶ花びらを見つけてしまう。 「あ」 「ん? なに?」 「……なんでもない」  視線を逸らせば、一瞬にして察した春彦が首を手で押さえる。 「おまえ、なぁ」 「大丈夫。ギリ、襟で隠れるから」  カップをテーブルに戻し、顔を赤くした春彦が睨んでくる。 「……俺もつける」 「いいけど」  きゅっと寄せた眉が可愛くて笑ってしまう。 「できないと思ってるだろ」  そんなことないよ、と隣にカップを並べて向かい合う。  む、と口を尖らせたまま顔を寄せてきた春彦をそのまま受け入れる。このTシャツまだ新しいんだけどな、と思いつつ抵抗はしない。伸ばされた襟ぐり。押し付けられた唇の熱。首と鎖骨の隙間を吸い上げられ、小さな痛みが花開く。 「これでよし」  満足げな顔で離れていこうとした春彦を唇で捕まえる。 「え、ちょ」  驚きごと飲み込み、二人だけの少し早いお花見にしようかな、と胸の中でこっそり呟いた。  春は、もう、痛いだけではないから。
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