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コンロの上の小鍋に味噌汁が出来ていて、ご飯は一人分だけ茶碗に装ってあった。
御影石の丸い箸置きの横に、白い和封筒。
嫌な予感がしたものの、俺はその封筒から一通の手紙を取り出した。
『花生へ。
しばらく家を出ます。生活費は毎月、花生の口座に振り込みます。
冷蔵庫の中に作り置きのおかずを詰めているから、今週はそれを食べて下さい。
足りなかったらお小遣いから御惣菜を買ってきて食べてね。
勉強頑張ってね。応援しています。
小祈』
「……………ああ」
口から嗚咽のような悲鳴が零れた。
まだ生温い味噌汁。そう遠くへは行っていないはずだ。
俺は起きたままの半裸に近い姿で玄関から飛び出すと、鉄柵に身を乗り出して周辺の道路を覗き込んだ。
しかし小祈らしき若い女性の姿は、どこをどう見ても見つからない。
俺は裸足のまま階段を駆け下り、小祈がいつも出勤する時に使う道路沿いを走った。
けれど八百メートル程駆けてバス停に着いても小祈はおらず、近隣を彷徨い続け『もういない』ことを飲み込んだ頃には既に家から出て三十分が経過していた。
周囲の通勤通学者からの奇異な目に晒され、クスクス笑いが耳に飛び込んでから、俺は自分がどれだけあらわな格好をしているかに気づき、慌てて俯いたままアパートにダッシュして戻った。
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