本編

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本編

 俺は多分、所謂無敵の人になりたかったのだと思う。  毎日の通勤の電車の中、このまま生きてても無駄だと悟った俺は死ぬことに決めた。  とはいえ苦しいのも痛いのも耐え難い。だから、社会的に殺されていっそのこと堀の中にでもぶち込まれたら今のクソ会社と一人暮らししてるボロアパートを寝不足のまま行き来するだけの生活を変えられるのではないか、と考えた。  慢性的に寝不足の頭で、勤務時以外はずっと苦しくない死に方を考えていたが、その日からは一発で刑務所行きになる方法を考えるようになった。  とはいえ罪のない人は殺しくたくない。放火だって、うっかり人を殺すことになるかもしれない。強盗は……勇気がでない。もしムキムキのマッチョが居合わせて速攻捕まって殴られでもしたら怖いし。  俺は昔からこうだった、なにもできないくせに全てイヤこれはだめだ、俺には無理だと逃げてばかりいたら気づけば都合よく使い潰されるだけの歯車の一部となってしまっていた。  ここは手段は選ばない、最期の最期くらい男を見せろ――。  今日も終電ギリギリの電車で揺すられて帰ったあと、俺は行きつけではないスーパーで包丁を購入した。その便所で梱包された箱を捨て、中身だけを剥き身で通勤鞄に突っ込む。新卒の頃、見栄えだけでもよくしようと買った程々に根を張るビジネスバッグは今の俺と同じように草臥れていた。  それを忍ばせ、店を出た俺は寂れた夜の街を歩いた。普段は少しでも睡眠時間を確保するため直帰していたが、今日は別だ。  通らない大通りを歩きながらターゲットを探す。とはいえ、終電の時間になると殆ど帰ってるか複数人で飲み屋に行ってるかで都合よく一人で出歩いている人間など限られてる。  いるとすれば、俺みたいな顔をした人間くらいだ。 「……」  鞄を腹で抱き抱える。  俺は今凶器を持って平然として歩いてる。この中で今夜の標的を探してるのだ――と思うと、なんだか変に気分が昂ぶってきたのだ。最悪だ。異常事態発生である。パツパツに張った股間を見られれば痴漢と間違えられ兼ねない。冷や汗が滲む。  確かに手段は選びたくないと言ったが、こんな情けない捕まり方は勘弁してほしい。  なんて考えながら、取り敢えず昂ぶる己を落ち着かせようと近くの公園に入り、ベンチに腰を下ろして深呼吸を繰り返していたときだった。いきなり隣に誰かが座ってきたのだ。  ――誰だよ、まさか酔っ払いか?  顔をあげ、隣に座るのが誰なのか確認するという行為を実行する勇気も出なかった。今すぐにでも隣のベンチに移動したかったが、伸びてきた手がそれを邪魔するのだ。  白く、華奢な手に太腿を掴まれぎょっとした。顔を上げれば、そこにはフードを被った長身のシルエットが浮かぶ。  固まる俺に、その人物はフードを脱いだ。街灯に照らされ、鈍く反射するのはシルバーアッシュの長めの前髪。そして一見女性にも見えるような整った顔立ち。 「おにーさん、おにーさんがもしかして『人生転落丸』さん?」 「……は?」  甘い、いかにも女受けしそうな中性的な顔立ちとは裏腹に腰に響くような低い声で発されるその言葉が俺には一瞬日本語だと理解できなかった。 「あれ、違う? ほら、ここで待ち合わせの……俺、『やと』だよ」 「え、いや、たぶん、ひ……ひとちがい」 「本当~? だっておにーさんしかいないよ、この公園。もしかして俺、実際会ってみたらおにーさんの好みじゃなかった? とか?」 「い、いや、ちが……ってか、触らないでください……」 「すげー他人行儀じゃん。ネットじゃあんなに可愛かったのに」  いや、なんだこれ。悪夢なのか。  俺は自分が白昼夢見てるのか最早わからなくなっていた。  すりすりと腿を撫でる手はドサクサに紛れて太腿まで這い上がってきて、まずい、と思った矢先そのまま男は「お」と笑って人の股間を撫でるのだ。 「うひっ!」 「……なーんだ、ちゃんと反応してるじゃん」 「な、なんですか貴方! け、警察呼び……ッもご!」 「あーはいはい、なるほど了解。“そういうプレイ”ね。おにーさんレイプ願望あるって言ってたし、いいよ。俺も最初からとことん付き合うつもりだったし」 「むぐ……?!」 「……それに、思ったよりも疲れ切ってる感じ、すげー俺の好みだし」  この男は本当に人語を話しているのか。最早わからないまま、息をするように鞄の下、器用に降ろされるファスナーにぎょっとする。  男に口を塞がれたまま、そのまま緩められたスラックスの下から取り出される性器。ああ、わいせつ物陳列罪。 「うわ、先走りすご。ずっとこんな状態でここまできたの? ……そんなに俺に会うの楽しみにしてくれてたんだ」 「ふ、ぅ゛……~~っ」 「けど、他人のフリされんのは流石にちょっと傷付いたから、少しだけ虐めていいかな?」  取り出される亀頭の先端、先走りで濡れていたそこを男は指先でカリカリと執拗に穿る。亀頭をマッサージしながら重点的に責められ、なにがなんだか訳も分からぬまま男の手からも逃れることはできなかった。 「っ、ふ、ぅ゛……ッ! ぅ゛」 「音、すっご。……周り人いなくてよかったね、大分響いてるよ。おにーさんのえっちな音」 「ぅ、う゛ふ、ぐ」 「尿道はあんまいじったことないんだっけ? これを機会に少しずつ俺と覚えていこうね」  顔を寄せてきた男は、ちゅ、と音を立てて耳朶に甘くキスをする。そのまま濡れた舌が耳に這わされ、鼓膜に直接響く水音に全身が震えた。  ――他人に触れられるなんて、しかもよりによって名前も知らない明らかに年下の男に、こんな。  性器と耳を同時に責められ、頭の中が真っ白になっていく。  ただでさえここ最近ろくに抜いてすらいなかった性器にとってはあまりにも酷な責めだった。  逃げようとすれば、そのまま男の膝に抱きかかえられる。 「こら、なに逃げてんの」 「っ、う、んむう……ッ!」 「だいじょーぶだいじょーぶ、こわくなーい。……たくさん気持ちよくしてあげるから、気にせず出していいよ」  れろ、と耳の凹凸部分に舌先が這わされる。  熱くて、ケツになにか当たってるし、先っぽジンジンしておかしくなりそうだし、つか、やばい。これ。   「――」  どくん、と大きく心臓が鳴った瞬間、頭の中が真っ白になる。前のめりになる体を抱きかかえられたまま、俺は呆気なく男の手に射精をしてた。  ぜえぜえと肩で息をし、息も絶え絶えの俺を抱きかかえたまま、男は「まだ出そうだね」とそのまま下着をずらすのだ。 「っ、ふ、ぅ……っ?!」 「なに? 一発で終わると思った、なんて言わないよね。まさか」 「おにーさんだって溜まってんだろ、この量」それにここもずっしりしてるし、と睾丸をふにふにと揉まれ、腰が震えた。冗談だろう、と青ざめる俺に構わず「だいじょーぶ」と男は耳元で繰り返す。甘く、優しい声で。 「俺も、おにーさんと会うためにオナ禁までしてきたんだから」  何一つ大丈夫ではない、という俺の声は届かなかった。  ◆ ◆ ◆  ふわふわとした甘い匂いと柔らかいベッドの中、前髪にもぞりと何かに触れる。  なんだ?と思いながら目を開けば、見知らぬ部屋の一室。ベッドの上、横で添い寝をしながらこちらを覗き込む派手な髪の若い男が微笑む。 「あ、おにーさん。起きた?」 「……………………」 「なに寝たフリしてんの、バレバレだって」 「ゆ、夢じゃ……なかったのか」  絞り出した声はこの世の終わりみたいなガラガラ声になっていた。おまけに喉だけではない、ケツを中心に全身が痛い。 「なに? 夢って。てか、おにーさんぐっすりだったよ。イビキやばかったし、余程疲れてたんだね」 「すげー爆睡してた」と笑う男にハッとし、俺は慌てて時間を確認しようと携帯を探す。が、俺は服も着ていなければ近くに俺の私物すらも見当たらない。 「お、俺の荷物……」 「ああ、おにーさんのスーツはちょっと汚しちゃったからクリーニングに出したよ」 「え? な、なんで……」 「もしかして記憶飛んじゃった?」  言われて、昨夜この男に夜の公園で犯されたあと便所に引きずり込まれて続きをし、その後「このままホテル連れて行くけどいいよね?」と耳元で囁かれたところまでは思い出す。  思い出したが――。 「っ待ってください、ここって」 「あ、俺の家」 「え」 「連れて帰ってきちゃった」 「………………今何時ですか?」 「はは、気にすんのそこなんだ」 「まあいいよ、時間確認するくらいなら返してあげる」とベッドから起き上がった男は部屋の奥から俺のあのクタクタの鞄を持ってきて、こちらに放った。その中を弄れば、まず携帯を見つける。慌てて時計を確認すれば、既に翌日の午後を回っていることに気付いて目の前が真っ白になった。  そしておびただしい量の会社と上司と部下と同僚からの電話に血の気が引く。 「ち、遅刻した……っ!」 「いいじゃん、別に」  思わず叫ぶ俺から携帯を取り上げた男は笑う。 「な、なにして……君……っ」 「っていうかさ、おにーさん。俺おにーさんに色々聞きたいことあったんだけど」 「いま、そんな場合じゃ……」 「もしかしておにーさん、『人生転落丸』さんじゃなかった?」  今かよ、と突っ込む気にもなれなかった。  ただ頭が真っ白になり、「ごめんごめん」と全く悪びれもなく謝る男に絶句するしかなかった。 「な、んで」 「いや、まーおにーさんが気絶してる間に色々調べさせてもらったんだよね。本名とか」 「な」 「そしたら、あのあと『人生転落丸』さんから“妻にバレたから今夜は会いに行けない”って連絡きてさ。あ、やべって」 「…………」 「……ってことで、ごめんね?」  急に立ち上がったせいでケツの穴からどろりと溢れる精液が全てを物語ってる。目の前が真っ暗になり、そのまま動けなくなる俺を抱き締め「泣かないで」と男は繰り返した。 「けど、おにーさんも気持ちよかったんじゃん?」 「よ、くない……こんな、こんな真似……俺はひとちがいだって言ったのに……っ!」 「まーまー」 「君は……ッ」 「あ、『やと』って呼んで。あれ本名だから」 「知らないよ、そんなの……ッ!」 「うん、だからこれから知っていけばいいじゃん」 「……ッ、……」 「はは、すごい顔。俺言ったよね、おにーさんのこと好みだって」  今まさに会社から着信を受ける携帯を操作し、「邪魔すんじゃねえよ」と息をするように通話を強制終了させるやとはそのままぽいっと人の携帯を投げ捨てる。  慌てて拾いに行こうとベッドを降りようとすれば、やとは俺を背後から抱き締めるのだ。  そして、 「……それに、おにーさんさ。“こんなもの”持ち歩いて夜の街彷徨いてたんだもん、おにーさんもこっち側でしょ?」  先程よりもワントーン落ちる声。そして、首筋に押し当てられるそれにひやりと首元が冷たくなる。恐る恐る視線を下げれば、銀色の刃先に青ざめた自分の顔が反射する。 「死ぬつもりじゃなくて、誰かを殺すつもりだったのかな?」 「っ、そ、れは……仕事で、使うために……」 「買ったばかりのレシート、財布に入ってたけど? ――凹原(くぼはら)さん」 「……っ、……」  甘く愛撫するように耳朶を啄まれ、柔らかな声で名前を囁かれる。その声は俺をただ地のどん底へと叩き落とすのだ。  求めていた。被害者もいないし、誰も苦しむこともなく警察のお世話になれるのなら――けれど、これは本来俺が予定していた展開ではない。 「お、俺を……警察に突き出せばいい、別に、構わない」 「なんでそんなことするの?」 「な、んでって……殺人未遂……銃刀法……」 「そういうんじゃなくてさ、せっかく好みの人に出会えたのになんで自分から手放さなきゃって話してんだけどな」 「は……」  訳も分からず呆然としていると、そのままやとは俺の唇に軽くキスをする。ちゅ、と小さな音を立てて唇は離れ、やとはそのまま固まる俺の首に包丁を突きつけたまま微笑んだ。 「警察に捕まるくらいなら俺と付き合ってよ、凹原さん」 「な、に言ってるんだ、君は……」 「会社も辞めてさ、毎日俺のためだけに生きてよ。俺のことだけ考えて、俺とこうやっていちゃいちゃするの」  下半身に腰を押し付けられる。柔らかくなった肛門に擦りつけられる亀頭はそのままゆっくりと頭を埋めようとしてきて、咄嗟に逃げようとすれば、そのまま腕で首を捕らえられる。 「っ、ぅ、く……ッ」 「本当はさ、『人生転落丸』さんを飼うつもりだったんだけど、がっかりしちゃった。あの人死にたい死にたい死んでもいいとかいって結局家庭も家族も捨てらんねえ口だけの野郎だったし、けど、凹原さんの鞄の中から裸の包丁出てきたの見た瞬間さあ、俺すげー興奮した。どんな気持ちでこれ持ってたんだろうって、しかもあのとき勃起してたのって、そういうことだよね?」 「は、ぁ゛、……っぐ、ひ」  みち、と首を締める腕に力が籠もっていく。器官が圧迫され、血管が詰まるような息苦しさを越えたら今度は頭にふわりとしたものが広がった。感覚がより研ぎ澄まされた状態で肛門を亀頭で押し広げられる。鼓動が粘膜越しに伝わってきて、ゆっくりと奥まで入り込んでくる太く熱いそれに内側から焼かれているようだった。  苦しい、はずなのに。なんなのだこれは。 「ぉ゛……ッ、きゅ、ふ……ッ!」 「ぁ゛……~~っ、きもちいい、ね、やっぱ俺たち体の相性も最高、俺のチンポが馴染んでる……っ、わかる? 凹原さん」 「っ、ぬ゛、ひ……ッ! ぃ゛……ッぐ、……ッ!」 「やーだ、このままずっと一緒」 「ぉ゛ぐ……ッ!!」  ばちゅ、と首を締められたまま一気に根本まで性器を打ち付けられた瞬間、天井の部分までぶち抜いてくるそれに声ならない悲鳴が漏れる。視界が真っ白に染まる。無数の色とりどりの花火が瞼の裏で弾け、呼吸を整えようとする暇もなくやとは奥を何度も何度も何度も何度も何度も何度も体を押さえつけて執拗に亀頭で殴り、臍の裏側をえらったカリで削り、犯し、抉る。 「ぉ゛、や゛ッ、ぁ゛ぐ」 「一緒……っ、一緒だよ凹原さん、俺も凹原さんと一緒。包丁持ってんの、凹原さんみたいな人をこうやってぐちゃぐちゃにしたいって包丁。ね、ほらわかる? 俺、こんなにドキドキしてんのすげー久しぶりなんだよ」 「……っふ、ぅ゛……ぉ゛、ぐ、」 「警察に捕まるなんてつまんねえこと言うなよ、それならもっと楽しいこと、気持ちいいことたくさんしてからいこうよ。俺も協力するから、ね」  凹原さんと、唾液が溜まった唇を舐めとられ、しゃぶられ、舌を咥えさせられる。死ぬ、気絶するギリギリのところを知ってるのだろう、この男は。微かに開いた器官から空気が漏れるような音がして、その微かな気道から酸素を取り込もうと喘げば更にぐずぐずになっていたケツの穴を貫かれ、逃さないと追い打ちをかけられる。俺はやとから逃げ出すこともできなかった。  ――抵抗したら殺されるのか。でも、このままこの男に飼われるのはまずい。そんな気がしてならないのに、そんな防衛本能ごとチンポで描き回されればなにもわからなくなった。  それでもただ今は楽になりたくて、ただ朦朧とした頭でやとに頷くのがいっぱいだった。  縺れる舌で「付き合う、付き合うから」と繰り返せば、蕩けたようにやとは笑った。そして、更に俺の首を締め上げ、抽挿のペースをあげたのだ。  俺の体は頑丈にできていなければ、持久力があるわけでもない。昨夜の行為で既に空になっていた玉からはもうなにも出ない。びくびくと痙攣する腿を掴まれたまま、俺は白目を剥きながら気絶したのだ。 「約束だよ、凹原さん。嘘吐いたら俺が凹原さんを殺して警察のお世話になっちゃうからね」という物騒な言葉が聞こえてきたが、それに返事をすることはとうとう叶わなかった。  ――まさか、誰も苦しめることもなくこの生活を終わらせる方法があったなんてな。  やとに飼われて数日が経過していた。  これが最善かは今の俺には分からないが、休日出勤と残業を繰り返して摩耗していく生活に比べたら、まし……なのか?悪化してないか?  ……まあ、いいや。幸せそうに抱きしめてくるやとの顔を見ていたらなんだかどうでもよくなった。  充電されることもなくバッテリー切れした社用携帯は今はうんともすんとも言わなくなっていた。  時計を確認する癖がなくなるまではもう少しかかりそうだ。  おしまい
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