傷痕 - side MIURA -

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 (まぶ)しかった。  ビルの間から差す朝日が。  その中に君がいた。  僕には君が天使に見えて。  もう少しだけ、生きてみようと思ったんだ。 【傷痕 - side MIURA -】  僕の人生は終わった。  いろいろ相談に乗ってた中学生の女の子が、僕に性的なイタズラをされたと言い出して。  周りも彼女の方を信じた。  今まで真面目に積み重ねて来たものは、こんなにも(もろ)かったんだって知った。  僕は女の子への興味が薄い。  男の子にも興味がある訳では無い。  だから聖職者に向いていると思ってた。  絶望して夜の街を彷徨(さまよ)う。  お酒も飲めないし女の子も抱けない僕は、することも無くて。  疲れ果てて気を失うように寝た。  遠くから声が聴こえた。  少し低い大人の女の人の声。  彼女は僕を呼んでるみたいだった。  そして警官を呼ぼうとしてた。  僕は道で寝てただけで悪いことはしていない。  でも疑われるのが怖かった。  僕が起き上がると彼女は立ち去ろうとした。  長い髪の美人だった。  地味めの服装と、左手にボールペンで書かれている数字。  夜勤明けの看護師さんかな。  長年、神父をしていたから見た目で相手のことがある程度わかるようになってた。  僕が言い当てると彼女は驚いた様子だった。  彼女の瞳に好奇心が宿る。  僕に興味を持ってくれたようだ。  彼女は僕を拾い、家に連れ帰った。  もちろん僕に下心は無い。  ただ少し、一緒に居られたら。  何かが変わる気がした。  彼女の部屋は飾り気が無かった。  物が少なく薄暗くて。  僕を置いて彼女は風呂場へ向かう。  室内は綺麗だったけど、台所のシンクの水垢が気になって掃除を始める。  風呂上がりの彼女はタンクトップにショートパンツという姿だった。  彼女の家だから別に薄着でも構わないんだけど。  普通の男だったら押し倒してると思う。  それくらい魅力的な女性だ。  彼女は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して豪快に飲み干す。  そして僕にも飲むか聞いてくれた。  美味しそうだけど僕は飲めないから断った。  お酒が飲めたら多少、()さ晴らしも出来たのかもしれない。  彼女は僕を普通の男だと思ってたみたいで、肉体関係を望んだ。  それが当然、みたいに。  正直、驚いた。  出会ったばかりの、それも僕みたいなオジさんと、そういうことしても平気なんだって。  部屋に連れて来た時点でそういうことなんだろうけど。  僕は断った。  したくても出来ないから。  事件以降、僕の身体は男性としての機能を失ってた。  別に悲しくもなかったけど。  彼女と関係が持てないことは、少しだけ残念に思えた。  疲れてたのか、彼女はすぐに寝た。  こんな怪しいオジさんが同じ空間に居るのに。  (たくま)しいな。僕も見習わないと。  時計の針の音と、エアコンの風と、彼女の寝息。  僕が求めていた日常が、ここには在る。  お昼になっても彼女は起きなかった。  一人で料理して食べていいか迷ったから、可哀想だけど彼女を起こして聞く。  彼女は面倒くさそうに、でもきちんと要らないって答えてくれた。  起こしてごめんね。  冷蔵庫には豚肉とキノコ……くらいしか入ってなかった。  調味料の種類も少ない。  仕事が忙しそうだし、料理に時間をかけてる余裕も無いんだろうな。  切れない包丁で食材を切りながら思う。  美味しそうに仕上がった料理。  お皿に盛り付けようとしてから、箸が無いことに気づいた。  水切りカゴには彼女の箸しか無い。  これを使ったらさすがに怒られるよね。  あちこち勝手に触るのも気が引けて、僕は再び彼女に声を掛ける。  そして、食事に誘った。  彼女はまた面倒くさそうにしてたけど、ベッドから降りてテーブルの前に座る。  小さなテーブルにお皿を並べて。2人で向かい合って食事をした。  誰かと同じ食卓を囲むのは何年ぶりだろう。  なのに彼女とは、ずっと前から一緒に過ごしていたような。  不思議な感覚だった。  彼女の優しさに甘えて居座りながら仕事を探す。  いつまでも世話になる訳にも行かない。  僕が居たら彼女も恋人が作れないだろうし。  だから必死に探した。  この歳だからなかなか見つからなかったけど。  本格的な冬が来る前に、新しい仕事が見つかった。  高台に建つ小さな教会。  今の神父が高齢になり、そろそろ次の人をと探しているところだった。  敷地内には小さな家もある。  僕はそこで暮らすことにした。  彼女が休みの日。  僕は仕事が決まったことを報告した。  彼女は何故か怒ったように感じた。  平然と受け答えしてるけど、怒ってる。  わからなかった。  僕みたいなお荷物が居なくなるの、嬉しくないのかな。  そして彼女はまた、僕に肉体関係を求めた。  出来ないってわかってるのに。  僕が断ると彼女は泣いた。  まるで子供みたいに。  別れを惜しんでくれているのだと、わかってたけど。  僕がここに居たら彼女の人生が駄目になると、確信した。  だから僕は泣きじゃくる彼女を残し部屋を出た。  これで良かったんだ。  遠くから彼女の幸せを祈ろうと心に決めた。  僕は必死に働いた。  手入れの行き届いていなかった教会を修繕(しゅうぜん)したり掃除したり。  彼女を忘れる為にも、必死に働くしかなかった。  一年が経ち。  近所の方にも溶け込んで、ようやく落ち着いて来た頃。  ほとんど使われていない告解室(こっかいしつ)に人の気配があった。  珍しいな、と思いながら語り掛ける。  人を殺したと告白する、その声は。  僕を救った彼女のものだった。  内心、とても動揺してた。  でも僕が取り乱す訳には行かない。  静かに淡々と語る彼女。  薄い木の壁が(へだ)ててる。  犯した罪を最後まで話した彼女が立ち上がる。  僕にはわかってしまった。  彼女はもう、生きるつもりが無いと。  同じ絶望を味わった者にしかわからない感覚。  生きることを諦め、命を手放す覚悟を彼女に感じた。  迷う理由は無かった。  僕は自分の素性を明かす。  ルール違反でも構わない。  それで彼女が救えるなら、どんな罰でも受け入れる。  彼女は泣いた。  僕の顔を見て緊張の糸が切れたのだと思う。  僕も自分のことを包み隠さず話した。  抱けなかった理由も。  でも。彼女と共に歩むことが出来たら。  いつか結ばれる日が来るかもしれない。  もう手放したくなかった。  だから僕は、彼女を殺すことにした。  葛城瑛莉華(かつらぎえりか)という看護師が事故死したという小さな記事が新聞の隅に載ったのは、それから僅か一週間後のこと。  僕は所属する組織に頼み、彼女を死んだことにして貰った。  これで彼女が人殺しの罪に問われることも無い。  安心して暮らせる。  髪を金色に染め、カラーコンタクトレンズで青い瞳になった彼女。  僕がエリーと呼ぶと、最初は嫌そうな顔をした。  過去を捨てた彼女は本当に生まれ変わった感じで。  笑うことが増えて、僕に甘えることもあった。  僕からも触れたかったけど。  彼女は若くて健康な女性。  中途半端に触れたら彼女を苦しめることになる。  だから我慢した。  夜。時折、彼女は泣いていた。  過去を悔いているのか、僕のせいか。  抱き締めて(なぐさ)めることが出来たら、どんなにいいか。  彼女の為にも、きちんと心の治療をした方がいいのかもしれない。  病院は苦手だけど。  可愛い彼女の為なら頑張れる気がした。 【 完 】
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