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滴る血、蠢く欲望
五国は黄竜城の離門広場。
普段は官吏や宮人たちが行き交い、雲霞の如きこの場所も、今は水を打ったように静まり返っていた。
厳めしい顔つきの軍官が広場を取り囲む中、悲痛な面持ちの女官たちに率いられて、白い装束の女が広場へと足を踏み入れた。
女は眉一つ動かさず、唇を一文字に結んだまま、広場の中央に敷かれた粗末な筵の上に座る。その前にある台座には杯が置かれており、女はそれに少しだけ目を遣ったが、すぐに顔を天へと向けた。
雲間からはわずかな光も差さない。重苦しい空模様が淀んだ空気となり、観衆の肺を満たしていく。
時間が止まったように静かな広場で、書状を持った宦官が女の前へと歩み出た。
「明雲雀」
雲雀と呼ばれた女は天を仰ぎ見るのをやめて、鋭い眼光で正面の宦官を見据えた。
宦官はそれを意に介すことなく書状を広げると、声高らかに読み上げる。
「この者は黄竜城の妃嬪を取り仕切る皇后でありながら、禁じられている呪術を行って、汪妃の産んだ御子を殺害した。禁忌を犯した挙句、公主を殺害したことに同情の余地はない。よって明雲雀は皇后の位を廃し、死罪とする」
観衆は瞬ぎもせず、黙ったまま雲雀を見つめていた。皇后だった女が最期にどのような言葉を遺すのか。誰しもが耳を澄まして聞いていた。
「私は無実でございます」
雲雀は淡々とそう述べた。書状を読み上げていた宦官は眉間に皺を寄せる。
「お前の部屋から証左が見つかったのだ。今更言い逃れはできないぞ」
「それはきっと私を陥れたい何者かの仕業でしょう。汪妃の子は陛下の子。陛下の子であれば、たとえ産みの母でなくとも、愛しい我が子同然。己が子を殺める母がどこにおりましょう」
「口を慎め! お前の生家は呪師の家系と聞いた。やはりお前には、人を呪う悍ましい血が流れているのだ。これからお前には毒杯が授けられる。これは明家を罰せず、罪を犯した者にのみ死を与えるという陛下の御慈悲である。頭を垂れて、毒杯を受けよ」
雲雀は唇を噛むと、「陛下は」と小さく呟いた。
「私の死を陛下は見届けてくださらないのですね」
「怪しげな術を使う女狐め。この場に陛下をお呼びして誑かすつもりか! 疾く、この者に毒杯を飲ませよ」
宦官が必死の形相で叫ぶと、幾人もの軍官が雲雀を押さえつけようと駆け寄った。雲雀はその内の一人の腕をぴしゃりと払い除け、自ら毒杯を手にする。
「陛下の御慈悲に感謝を」
雲雀はそう頭を垂れると、一気に杯を煽った。淀んだ水溜まりの色をした毒杯が、みるみるうちに飲み干されていく。やがて雲雀は空になった杯を台座に叩きつけると、宦官を睨みつけた。
「天罡司左少監、金石英!」
雲雀が叫ぶ。口からは夥しい量の血が流れ、彼女の顔を汚す。雲雀は苦しげな息遣いのまま声を張り上げた。
「陛下に申し上げなさい。己が身の潔白を必ず知らしめに私は戻ると! そして宮城の全ての者に伝えなさい。私は必ず私を陥れた者に復讐を果たすと!」
流れ出る血液が顎を伝い落ちる。雲雀はその血を両の手で拭うと、首筋や装束に塗りつけていった。
白い装束が赤く滲んでいき、目を背けたくなるような凄惨な姿になっていく。雲雀は地に伏せてもがき苦しみ、それでも叫び続けた。
「精々怯えて生きるがいい! 私が戻るその日まで」
その言葉を最後に、雲雀の動きが止まる。
ポツリと一滴の雫が天から降ってきた。それはやがて幾千もの矢のように降り注ぎ、雲雀の遺体を冷たく濡らしていく。
髪は解けてざんばらになり、唇から首元へ血管のように赤い線が走る。白装束は血が雨で滲んで紅に染まりつつあった。
筵の上に転がった遺体は苦悶と怒りの形相に満ちている。それでも見開かれた両の目は、天を真っ直ぐに見つめていた。
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