滴る血、蠢く欲望

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 五国はかつて五つの国に分かれていた。  自然豊かな土地に恵まれ、多くの国民が農業に従事している春東(しゅんとう)。  国土の大半が荒地であり、国民は傭兵や商人として出稼ぎに行く夏南(かなん)。  鉱物などの資源を豊富に有し、金属業に携わる国民が多い秋西(しゅうせい)。  海に面した国であり、港を利用した貿易が盛んである冬北(とうほく)。  そして国土は小さいものの、国内外を問わず優秀な者を集め、早くから政治や軍の基礎を築きあげていた土京(どきょう)。  三百年前ほど前に土京の王、(ホアン)(シン)が他の四国を下すと、これらは統一されて「五国」と名付けられた。  五国はその後、周辺諸国をも支配下に置き、皆その栄華が永遠に続くと信じて疑わなかったのである。  ところがどうだろう。三百年経った今、宮城にいる者たちは誰もが何かに怯えたように暮らしている。  ——早くこの現状を打破しなければ。  黄竜城の離門広場。  宮廷を取り締まる皇帝直属の部署——天罡司に勤める(リウ)六鱗(リウリン)は、離門をくぐる女官たちを見つめていた。 「柳右監丞(うかんじょう)」  馴染みのある落ち着いた声が聞こえ、六鱗は背後を振り返る。 「金太監(たいかん)如何(いかが)されたのですか」 「いや、何、今回の選女に合格した女官の様子を見に来たのだ。右監丞は見回りであるか」 「然様(さよう)でございます。近頃宮廷では、官吏による横領や不正が散見されると聞き及んでいます。この離門広場で然様なことが起これば、新人女官たちに示しがつきません」  真面目な声色で淡々と語る六鱗に、石英は苦笑すると天を仰ぐ。空は灰色の雲が埋め尽くし、朝だというのに一筋の光も地上には届かない。 「……先の皇后であった明雲雀が廃位され、死罪になってから十五年余り。汪皇后が皇子を御出産なさったが、それ以降、内宮では皇子がお生まれになっても御逝去される事態が相次いでいる。まるで明雲雀の怨言が現実になっているかのようだ」 「この十数年、宮廷で起きている変事は明雲雀の呪いが原因であると?」 「さて、怪力(かいりょく)乱神(らんしん)を信じるわけにもいかぬ。しかし宮廷で異変が起きているのは事実だ。新たな女官の入宮で、少しでも良い風が宮廷に吹けばよいが」  石英が離門へと目を遣る。九人目の女官が門番による調べを受けて、門をくぐっていくところであった。 「柳右監丞。私は右監丞に期待をしているのだ。その父親譲りの公正さは、きっと内宮の治安を元に戻す(よすが)となってくれるだろう」  六鱗の片眉がピクリと跳ねる。しかしすぐに元の表情に戻ると頭を下げた。 「父の死後、宮廷に入った私を助け、ここまで導いてくださった太監には感謝の言葉もございません。その恩義には必ずや行動で報いましょう。ご期待に応えてみせます」  石英は深々と頭を垂れた六鱗の姿を見て目を細めると、頭を上げるようにと彼の肩を軽く叩いた。 「優秀なお前に目をかけるのは当然のこと。さあ、最後の女官が門を通るようだ。私は仕事の邪魔にならないようにこの場を去ろう」  六鱗は深く頷くと、去っていく石英の後ろ姿にもう一度礼をして、門の方へと振り返った。  今まさに十人目の女官が門下をくぐろうとしたところで、突然門番によって通行を阻まれる。遠目から見守っていた六鱗は嫌な予感を覚えて、門へと歩みを進めた。 「止まれ!」  門番の剣呑な眼差しに、門を通ろうとした女官は訝しげな表情を浮かべる。  年の頃は十五、六か。口元から首筋にかけて薄墨を垂らしたような痣のある女である。少しばかり棘のある目元をしているが、後宮の妃嬪たちにも引けを取らない気品が女にはあった。 「お前、その痣は何だ」  険しい顔つきで女の痣を指さす門番の隣で、もう一人の門番が意地の悪い笑みを浮かべている。  女はその様子を見ても眉一つ動かさずに、淡々と「生まれつきのものです」と答えた。 「生まれつきぃ? 皇后様はお前のような不吉な兆しのある者を忌み嫌っておられるのだ。この黄竜城の門番として、お前のような奴を入れるわけにはいかん!」 「私は女官として宮廷に仕えることになった者です。この痣があることを承知で、式部(しきぶ)の官吏方は私を登用すると決められたのですよ。それをどうして、その官職にない者の一存で追い返されることになるのですか」  毅然とした女の物言いに門番たちは多少面食らったようであったが、また口元に嫌味な笑みを浮かべると空々しい声を出した。 「我々も鬼ではない。そこまでお前が仕官を願うなら誠意を見せてもらおうじゃないか」 「誠意?」 「お前たち女官は路用として銀を支給されているだろう」  女は眉間に深く皺を刻むと、深く息を吐いて懐に手を差し込もうとする。
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