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2023年3月31日
午後15時40分
地広見駅にて、空見村行きのそらみ線に、ミキは乗車した。
ミキはいつも、高校からの帰りにこの電車を使ってきた。
空見村の3つ手前の駅で降りて、そこから歩いて家へ帰る。
通学時は、早めに家をでて、自転車で最寄りから一駅隣へ行き、友達と一緒にスクールバスに乗って行く。
高校に入学したばかりの頃まではそらみ線を使っていた。
中学の頃、仲の良かった友達と。
けれど、高校で新しい出会いを得るごとに、あの子とそらみ線に乗ることが少なくなっていった。
仲は良かった。
この子は一生の友人かもしれないと、思った。
けど、別々の高校に入って、新しい友達ができて。
別に、それであの子と一緒にいるのがつまらなくなった訳では無かった。
高校での友達と過ごす時間の方がだんだん多くなっていって。
あの子との約束は減っていくのに、新しい友達との約束は増えていった。
『ごめん!今日は、そらみ線では学校行かないんだ。』
最初はごくたまに。
でもだんだん、「今日は」が「今日も」。
『ごめん。今日も乗らないや。』
『わかったよ。』
『今日も乗らないの。』
『全然大丈夫。』
そして、「今日、乗らない」の連絡も無くなっていって。
最後の方、あの子とのトーク画面はそんなやりとりばっかりだ。
(今ごろ、あの子どうしてんのかなぁ。)
ほんとうに、ずっと仲良くやっていくのだと思っていた。
ミキは中学の時、あの子と同じバレーボール部だったけど、高校に入ってからやめてしまった。あの子は、今も続けているようで、ほぼ毎日練習しているらしい。高校では、バレーをやらないとミキが伝えた時、あの子は少し悲しそうな顔をしたが、「やりたいことをやればいいよ。」
と笑った。
優しい子だった。
でも、ミキは今あの子とは違う時間のそらみ線に1人で乗っている。
(いつの間にかなぁ。)
そう、いつの間にか、変わってしまった。
あの子と同じそらみ線に乗ることはなくなったが、帰宅のために利用はしていた。
そのうち、もしかしたらあの子がこの時間のそらみ線に乗るかもしれないと思いながら。
だがそんなもしもはなく、2人のいつもの座席にはなんとなく座れなかった。
けれど、このそらみ線も今日で終わりだ。出会うことはなかったけれど、唯一このそらみ線があの子との薄い関わりのようなものだった。朝、あの子が乗ったそらみ線。今更、トーク画面で新しく会話をはじめる気も起きない。だから、きっと、ミキが今乗っているそらみ線を最後に、あの子との細い細い繋がりは、全く無くなってしまう気がする。
(…今日で最後。)
ミキは、2人で座っていたいつもの座席へ向かった。
「あ。」
見覚えのあるクマのストラップが、座席の隅にちょこんと座っていた。
あの子とお揃いの、クマのストラップ。ミキの持つクマの右手には、あの子のものと手を繋げるよう磁石がついている。
あの子は、今日もそらみ線に乗っていたのだろうか。
これはあの子が置いていったのだろうか。
だとしたら、このストラップのクマは朝からずっとここにいたのだろうか。
もしかして、ずっと待っていてくれたのだろうか。
ミキはそっと、1人分空けてあの子のクマのストラップの隣に座った。鞄から、自分のクマを外して、あの子のクマと手を繋がせる。
ちょうど、ミキの降りる駅が近づいてきた。電車がスピードを落としていく。ミキは電車がしっかり止まるまで、手を繋いだ2匹のクマのストラップを見つめていた。
ミキは、最後のそらみ線を降りた。
振り返って、いつもの座席を見る。
その隅には、2匹の手を繋いだクマのストラップ。
寂しいけれど、どこかすっきりした気分だった。
「おつかれー。こちらこそありがとう。」
そらみ線にそっと呟いて、ミキは改札を出ていった。
スマホを出して、トークアプリを開く。もうずっと下の方に埋まってしまったあの子を探した。
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