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2023年3月31日
午前7時24分
空見村から地広見へ戻るそらみ線に、いつも通り、カナエは乗車した。
もう誰も降りない空見村駅から戻ってくるこの1本で、カナエは毎朝通学していた。
地広見駅で降りて、そこからバスで学校へ。
帰りは、仕事終わりの父が車で迎えに来てくれる。
だから、カナエにとってそらみ線は、これが最後の1本。
(中学生になった時からだから……もう5年も乗ったことになるのか…毎朝。)
ほとんど乗客のいない電車の窓から見慣れた風景が走り去っていくのを見る。
中学を卒業するまでは、もう1人、カナエとこの風景を眺める人がいた。
高校に入ってからも、ずっと一緒にこの時間のそらみ線に乗るはずだった。
「高校は別々だけど、乗る電車は一緒だからさ。朝は一緒に行こ!」
あっちからそう約束したはずだったのに。
今、カナエは1人でこの電車に乗っている。
(もう、私の事なんか忘れたかな。)
仲は良かった。
喧嘩したわけでもないし。
あっちはあっちの高校で、新しい出会いや居場所があって、こっちが勝手にずっと変わらないものを期待していた。それだけだ。
中学は一緒に部活でバレーボールをやっていたが、カナエが高校でも続ける一方、あの子はやめてしまったらしい。
私たちは大丈夫、なんて思っていた。いつまでもこのままだなんて。
でも、人は変わっていくものだ。
一緒に学校へ行く相手だって変わっていく。
『 ごめん!今日は、そらみ線では学校行かないんだ。』
最初はごくたまに。
でもだんだん、「今日は」が「今日も」。
そして、「今日、乗らない」の連絡も無くなっていって。
あの子とのメッセージのやりとりもそこで終わっている。
もうその頃には、そらみ線に乗るか乗らないか、それだけしか話さなくなっていた。
(いつの間に、かなぁ。)
この電車に乗るのも、これが最後の1本。
このそらみ線も、いつか忘れられていくんだろうか。
カナエの鞄に付けられた、あの子とお揃いのクマのストラップを見つめる。クマの左手部分に磁石があって、あの子の持つクマの右手と手を繋ぐことができる。
(……もう君の相方と手を繋いでやれない。)
カナエはそっと、クマを鞄から外して、いつもの座席の隅に置いた。
「次は、地広見〜地広見〜。お出口は…」
電車を降りた。
振り返っても、いつもの席も置いてきたクマも見えない。
寂しいけれど、どこか晴れ晴れした気分だった。
「おつかれ。ありがとね。」
そらみ線を見上げ、カナエはそっと呟いて、改札を出て行った。
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