『おとなしく死んでくれればみんな幸せになれたのに』

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 立ち去ったほうがいいのではないかと、リコがキトエの背をつかもうとしたとき。 「いや、生贄が逃げたって噂を聞いてね。国としては大失態だから公にはされてないみたいだが、神のお怒りに触れて何が起こるか分からんしな。みんな心の底から思ってるよ。『おとなしく死んでくれればみんな幸せになれたのに』」  息が止まった。鼓動が速くなっていく。胸の中がえぐられる。  逃げることを選んだときから、うっすらと分かっていた。リコの生きたいという願いは、多くの人々の幸せを犠牲にするということを。  動けなくなっていた。けれど心をえぐられている場合ではない。何でもないように振るまって立ち去らなければおかしい。  キトエを仰ぐと、表情を失っていた。キトエはきっと激怒している。それを抑えている。 「生贄の魔女は桃色の髪で従者がひとり。ちょうどあんたたちみたいな……」  今逃げれば騒ぎになってしまうかもしれない。何か、否定できるような、空気を吹き飛ばせるような、何か。  いつか読んだ本の一場面を、思い出した。 「ち、違います! わたしは……こ、この方の愛人なんです!」
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