キスのソノサキ。 ~俺はお前とキス以上がしたい~

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「おお、キレイに完食しておる」 頭にタオルをやりながら、倉瀬が部屋に入ってきた。 俺はちょうど食べ終わったところで、ごちそうさまと倉瀬に伝えた。 「美味かったです」 「お、そうか。良かったな」 「倉瀬さんの分、温め直しますね」 「サンキュー」 まだ乾かしていないのか、髪が濡れてる。 俺はレンジに皿をセットしたあと、倉瀬のもとへ寄った。 「ドライヤー洗面所にありますけど」 「ああ、うん。わかってる」 「……こっちで、乾かしますか?」 俺がそう言うと、倉瀬はにこっと微笑んだ。 「わかってんじゃん。砂月、やってよ」 「………相変わらず、こどもですね」 「うるせー。いいだろ」 倉瀬は早く、と言いながら洗面所を指差した。ドライヤーを持ってこいということだろう。俺は風邪を引かれても困るので大人しく従った。 「あー、気持ちいい」 「………倉瀬さん、髪伸びましたね。結構ギリじゃないですか?」 「あー、だな。そろそろ切らねーと。今日、営業部長からも言われたわ」 店舗に勤めていると衛生上、髪の毛の長さも問題になることがある。 俺はドライヤーで倉瀬の髪の毛を乾かしながら、大変だな、と呟いた。 「お前が切ってくれてもいいけど?」 「え?いや、うち、散髪用のハサミないです」 「え、マジか。それくらい買えよ」 「いや……俺、行きつけの美容院ありますし」 「そういう問題じゃねーよ」 床に座りながら、倉瀬が顔を上げてこちらを見てくる。思わずドキッとした。 ドライヤーを一旦止める。 「……あ、終わり?」 「……だめですか?」 「うーん……まだこっち濡れてない?」 「どこ?」 倉瀬が触る左後ろがまだ少し濡れていた。 俺はそこに触れようとしたところで、ガッと倉瀬に手首をつかまれた。 「!?」 「つかまえた」 「は、はぁ?ちょ……ふざけないでください」 「ふざけてねーよ。ーーー砂月」 左側から。 倉瀬は首を後ろに回し、俺の方を振り向いた。 びっくりして動けない俺を前にして、右腕で俺の頭を包み込むと、そのまま顔を近づけてくる。 「あ、」 と、声が出たときには、唇を塞がれていた。 「………っ、ふ…………っ」 「…………さつき、」 「……………っ、っ………ハァ、」 息が漏れる。 倉瀬の体温と交わるように、自分の身体も熱くなる。 倉瀬は、俺の唇が開いた部分に舌をねじ込み何度か絡ませたあと、音を立てながら唇を離していった。 「ーーー店長、」 「だから店長じゃねーだろ。倉瀬。なんなら圭でもいいけど」 「………っ、信じらんねぇ」 「ふっ、俺の筑前煮の味がした」 倉瀬はそう笑って、俺の頭を撫でる。 ーーーこうやって、不意打ちでキスされたり、触られたりして。 俺はいつもその中途半端な期待から、逃れられないでいる。 「さっさと食べてください。あんたも。食器片付けたいから」 俺はガバッと立ち上がり、レンジの前に向かった。とっくに温めが終わっていたのを再びセットして温め直す。 倉瀬が後ろから「ドライヤーありがと」と声をかけてくるのが聞こえた。 ***** 「明日?遅番」 夕食を食べ終わったあと倉瀬が食器を洗いながら言った。それくらい自分がやるからと言ったが、さっさと片付けてゆっくりしたいと言われたので、そのまま任せた。 「やっぱ仕事なんですね」 「そりゃそうだ。土曜日だぞ?あれ、そうだ。明日さ、近くの公園でイベントやんだよ。その客がたぶん流れてくるから忙しい」 「あー、それは大変ですね」 俺がいた頃も近くでイベントなどがあると大変だった。俺はその様子を思い浮かべながらそう言った。 「お前、それ思ってねーだろ」 「そんなことないです」 「……まあ、いいや。だから明日は10時にはここ出るわ」 「……………」 10時には出る……。つまり、泊まっていくと? 俺がじっと倉瀬を見つめていると、それに気づいた倉瀬がこちらに目線を投げた。 「なんだよ」 「あ、いや………。泊まるんだなって」 「……いや、泊まるだろ。ダメなの?」 「……そういうわけでは」 「俺がいると、ドキドキして寝れないかなぁー砂月ちゃんは」 にひひ、と笑って倉瀬は洗い終わった手をタオルで拭いた。 ーーまた、ふざけたこと言ってる。 ドキドキして寝れない? そんな純情な時期はとっくに過ぎた。 俺は、あんたが側にいると………… 「あんたこそ……俺が隣にいると満足に寝れないくせに」 俺がそう言ったら、倉瀬は少し驚いたようだった。 「なかなか言うようになったな、お前。………なら今夜は、試してみるか?」 「?……なにを?」 俺は少し心臓をドクドク鳴らしながら、その先の倉瀬の言葉を待った。 「いつもお前はベッドで、俺は布団出してもらって寝てるけど、今日は、俺も、お前のベッドで隣で一緒に寝てやるよ」 ***** 隣で、一緒に? 片付けが終わった部屋の中で、プシュっと缶が開く音がした。 「あーー、やっと酒にありつけた!」 倉瀬は嬉しそうに缶ビールを飲むと歓声のような声をあげた。 俺も隣で、同じ缶ビールを開けて飲む。 「明日、遅番とは言え仕事ですよね?1本にしてくださいよ。ここからだと少し距離あるから」 「あ~?ったく砂月、お前は本当クソまじめな奴だな!ちょっとくらい遅刻してもいいだろが!店長だぞ、俺は」 「いやダメです。なんならその発言も危ういんで、俺以外に言わないでくださいよ」 倉瀬は、「うるせーうるせー」と言いながら耳を手のひらで覆っている。 ……ったく、アルコールが入ると普段以上にへんな絡みが多くなるんだから……。 これはさっさと空にして、寝かせに行った方がいいな。 隣で寝る、とかバカなこと本気でまた言い出す前に……… 「砂月っ、お前、たまには店来いよ?」 「え?」 「奈垣もお前に会いたがってるし、バイトの……ほら、上堂さんも。お前と話したがってるし」 奈垣というのは副店長で、上堂は長く勤めているとパートのおばさんだ。 どちらも俺が研修のとき、お世話になった人だ。 「そう、ですね。たまには……。店長……倉瀬さんが、来てもいいと言うなら」 「あ?俺がいつ来るなっつった?そんなこと一度も言ってねーだろ。会社終わりでもまだ店やってんだから、今度顔出せよ!」 倉瀬の店舗は夜20時まで営業している。俺の定時は18時。移動時間を引いても、閉店までには寄れる距離だ。 「わかりました。また、今度行きますね」 「おー。ついでに奈垣の愚痴聞いてやれ。最近バイトがたるんでて、あいつ心労が半端ねーからさ。お前と話したら元気でるかも」 倉瀬はケラケラ笑いながら、缶ビールをご機嫌に飲んでいる。 俺は相づちを打ちながら、倉瀬の話に耳を傾けた。 結局、倉瀬は3本缶ビールを開けた。 まもなく24時、日付が変わろうとしている。 酔った様子の倉瀬になんとか歯磨きと寝る支度をさせて、自分も寝支度を整えてから、俺は倉瀬を寝室に連れていった。 「……だから1本でやめとけっつったんだよ……あんた、そんなに酒強くねーから」 「うるせーなぁ……いいだろ、久々にお前と飲めたんだから。羽目はずしたくなったの」 ボフン、と倉瀬は俺のベッドにうつぶせで倒れこんだ。その状態のまま、ぶつぶつなにかを言っている。 俺はそのあと、ベッドの隣に来客用の布団を敷いた。 ………隣で寝るとか言ってたけど、こんな状態じゃムリだろ…… 俺は仕方がないので布団で寝ようと、座り込んだーーーその時。 ぐっ、と腕を引っ張られた。 びっくりして振り返ると、そこにはぼんやりした目で俺を見る、倉瀬がいた。 「………っ、店長」 「……学習しねーな、お前は………。ま、それはいいけど、お前、なにしてんの?」 「いや、寝ようかと……もう日付変わりましたし」 「じゃなくて、どこで寝ようとしてんだよ、って話」 「………!あっ」 まだ、こんな力が残っていたのか、と驚くくらい強く、身体を引っ張られると、ドサッとベッドの上に仰向けに寝かせられた。 「……………」 「……………っ、」 近い。 狭い。 シングルベッドの上で、俺は、倉瀬に見下ろされていた。 こんなこと、今まで一度も、なかったことだ。 心臓がどんどん破裂しそうなほど、高鳴っていく。 「………てん、………倉瀬さん」 「砂月」 「………狭い、ですよね、ここじゃ……」 なんとかこの体勢から抜け出そうと言ってみたが、倉瀬は聞かない。 俺の両手首をベッドに押さえつけたまま。 ーーー今まで、そういうことは、したことがない。 もう何回、倉瀬が自分の家に泊まったかはわからないけど、一度も一緒にベッドに入ったことはなかった。 キスとか、手や指や髪に触れることはあっても。 一線を越えてはいなかった。 このまま、ずっと、この線は保たれるままだと思ってたし、というか今でもそう思ってる。 倉瀬は手を伸ばし、俺の頬に触れてくる。 ビクリ、と身体が勝手に反応してしまう。 倉瀬は酔いが回っていると思われる頭で、考えたように小さく笑うと、唇をゆっくり押し付けてきた。 「………っ、ん、倉………っ、」 「………ぅん、砂月」 「ま、待った………、酔ってる、だろ………」 本気で抵抗できない俺の気持ちを見透かしたように、倉瀬は唇から頬に、頬から首筋に、唇を移動させていった。 同時にシャツの下の隙間から、左手をそっと忍ばせてくる。 「!?まっ、倉瀬店長っ!!」 俺が慌てて叫ぶと、倉瀬の動きが止まった。 「………………」 お互い、無言で。 瞳を合わせること、数秒。 倉瀬は右手で顔を隠しながら、ごろん、と俺の左側に横たわった。 「………っ、倉瀬さん」 「あー………ごめん。砂月。………頭回ってないわ」 「………でしょうね」 「悪い…」 「大丈夫、です。……明日も仕事あるんだから、もう寝てください」 俺はそう言って、倉瀬に掛け布団をかけた。倉瀬はそれをうっすら見ていたがやがて安心したように目を閉じ、寝息をたて始める。 「……………くそ、」 俺はそんな倉瀬から離れることができずに。 狭いベッドの中、倉瀬の隣に横になって同じ布団に入った。 ーーー倉瀬が隣にいる。密着するほど、近くに。 それを考えたら到底正常に眠ることなどできなかった。
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