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終: 妹のその後
あれから何日、ううん、何年経ったのだろうか。
わたしは今日も紙に向かってペンを走らせている。
毎日、毎日……わたしのお姉様にお手紙を出すために。
***
あのクリスマスパーティーで、わたしの綺羅びやかな人生は幕をおろした。
お姉様から奪うはずだったお姉様の婚約者は、わたしではなくお姉様を選んだのだ。
古臭い年代物のアンティークドレスは布自体は上質なものだったが状態が悪くてところどころ黄ばんで色褪せている。ドレスの型だって流行りのドレスに比べたら酷いものだ。サイズだって合っていない。腰のあたりはやたら苦しいのにその他はブカブカ。それでも、お姉様の婚約者がわたしのために用意してくれたんだからと着飾ってやってきたというのに……。
あの人に肩を抱かれ、幸せそうに微笑んでいるお姉様がわたしを嘲笑っているように見えて死ぬほど悔しかった。
そしてわたしはなぜか捕まり、過去に仲良くしていた令息たちの事まで暴露された。確かに彼らと懇親にしていたことは認めるけれど、ちょっとした火遊びじゃない。もしかしてヤキモチなの?
あとからやってきたお父様は鬼の形相で怒りだすし、お母様はずっと泣いていた。え?慰謝料?賠償金?なんのことなの?
違うわ。あれは彼らが勝手にわたしに貢いできたのよ。無理矢理渡されても邪魔だったからお金に変えただけなのに文句を言ってくるから酷いと思って、周りに真実を話しただけ……。なんでみんなしてわたしを責めるの?!
きっとお姉様がみんなに嘘を言ったんだわ。わたしは真実の愛を貫きたかっただけなのに、またもやお姉様が邪魔をするのね。なんて酷いお姉様なの!
そして、伯爵領も大変な事になっていた。
お父様たちが伯爵領に帰路すると、領民はもぬけの殻。屋敷に奉公に来ていた平民の使用人もこぞっていなくなり数人の使用人たちが顔色を悪くして突っ立っていたそうだ。
領民がいなければ税金は入らない。お父様が慌てて連れ戻そうとしたがすでに正式な書類が受理されていた。もちろん、お父様のサインも。
わたしは慰謝料と賠償金を払うのを条件に釈放されたが、もう伯爵家にはお金は入ってこない。わたしの大切な宝石やドレスは全部売られてしまった。屋敷中の調度品も全て売り払ってなんとかお金は払えたけれど、もう綺羅びやかな物は何も残っていない。それでも土地と屋敷、それに爵位だけはそのままだったのですぐに元の生活に戻れるだろうと高を括っていた。
だが……それは地獄の始まりだったのだ。
どんどん質素になる食事。給料が払えないと知ると残っていた使用人たちもすぐにわたしたちを見限って逃げてしまった。あんなにわたしのように可愛いお嬢様に仕えられて幸せだと言っていたくせに!
あれほどわたしをチヤホヤしてくれていた親戚たちも、わたしが王族の不興を買ったと知ると蜘蛛の子を散らすように離れていった。わたしは可愛いからなにをしても大丈夫だって言っていた口で「もう縁を切る」と言い放ってきた。
「お前さえいなければ」
「お前がちゃんとしていれば」
もはやお父様とお母様の口から出るのはわたしを貶す言葉ばかり。誰もわたしを「可愛い」とは言ってくれない。なんて可哀想なわたしなのか。
そんな時、ひとりの男性がわたしの前に現れた。
どこかで見たことがあったような気もしたが、思い出せない。まぁ、思い出せないということはさして重要人物ではなかったのだろう。しかし彼はわたしの望む言葉を言ってくれる唯一の人になった。
「あなたに一目惚れしました。あなたはとても可愛い」と。
わたしは彼と結婚することにした。そして彼に新しい伯爵になってもらえば、きっとこの伯爵領も息を吹き返すだろうと思ったのだ。
今度こそ幸せになれる。そう信じて。
***
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。わたし、結婚するの。彼は今度こそわたしの運命の人で、毎日わたしの事を「可愛い」って言ってくれるのよ。
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。わたしは幸せよ。彼はわたしには何もしなくていいよって言ってくれるの。羨ましいでしょう?
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。どうしたらいいのかわからないの。
彼が、伯爵家から姿を消したの。もしかしたら誘拐かしら?こんな時はどこへ行ってどんな事をすればいいの?
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。おかしいの。伯爵領の土地や屋敷の権利書が見当たらないの。金庫の中に入っていたはずなのに。
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。わからないの。なぜ、わたしたちは屋敷から追い出されたの?破産して取り潰しってなんのこと?彼がギャンブルで作った借金のカタに屋敷と土地を貰うって言われたの。意味がわからないわ。
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。彼がまだ帰ってこないの。伯爵家も取り潰されて、わたしはこれからどうしたらいいの?
わたしはお姉様にお手紙を書く。
ねぇ、お姉様。お姉様にお手紙を書くための紙やペンのインクを買ったらお金がなくなってしまったわ。お父様はわたしが残りのお金でインクを買った事を知るとわたしを殴って何処かへ行ってしまったし、お母様はこの数日、寝床から起きてこないのよ。
わたしはいつまで、こんな狭い小屋でお腹を空かせていなきゃいけないのかしら?お迎えはいつ来るの?
賢いお姉様ならわかるでしょう?教えて、お姉様……。
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