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顔を上げると、思わず息を飲む。
だって……。
「俺、折り畳みがあるので良ければこの傘使って下さい」
男の人を綺麗、なんて思ったのはこの時が初めてだった。艶のある黒髪、スラッとした体格、何よりスーツがとても似合っていた。
時間にしたら数秒、見惚れてしまったと思う。
「?あの」
「!すみません、私、会社近いので大丈夫です」
差し出されたのはビニール傘じゃなくてちょっと高そうな傘だ。
男性は少し考えて。
「それでも、です」
意思の強そうな瞳の中に情けない顔をした私が映っている。
「!じゃあ明日、明日返すのでまたここに」
「俺、明日引っ越しで東京を離れるのでいらなければ捨てて下さい」
「え」
そんな、それだとお礼も出来ない。
「お気になさらず。もう戻らないといけないので、失礼します」
「あ、待っ、」
て。と言う前に男性は足早に行ってしまった。
「……」
残されたのは黒いチェックの傘。
私は持ち手をぎゅ、と握る。
雨は降り続いているのに、少しだけ気持ちは晴れやかだった。
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