遠野事変

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「昔から何でも出来て、とても優秀で……兄がいればトオノは安泰だとずっと言われていました」 うーん。 やっぱり兄へのコンプレックスが凄そうだな。 「なんて。変な事言ってすみません。実家までお願いします」 「別に、変な事じゃないと思いますよ」 「?」 「遠野が優秀なのは事実です」 「……はい」 「だって誰よりも努力していますから」 一緒に暮らすようになってから知ったけど、家でもしょっちゅう仕事をしてるからな。 村瀬さんと同じでワーカホリック気味だけど、本人曰く仕事が楽しくて仕方ないそうだ。 「貴方のお兄さんは天才ではないですよ」 「!」 秋桜君はパッと顔を上げた。 「……佐伯さんは兄と働いて長いんですか」 「えっ、えーと。今年の春からです」 「厳しいですか?」 「厳しいけど、優しいです」 「兄の周りには昔から理解者もいっぱいいて羨ましいですよ」 「秋桜君にもいるのでは?」 というか、その人と結婚したいから実家に乗り込みに行くんだよね? 「佐伯さんて兄から俺の事をどこまで聞いてます?」 「あの、とりあえず車に乗りません?」 十二月の冷たい風がさっきから身に染みる……。 「!あ、すみせん。寒かったですよね」 「大丈夫です、大丈夫です」 二人で車に乗り込むと。 「佐伯さん」 「はい?」 秋桜君は真剣な表情で私をじっと見て口を開いた。 「実家ではなく、トオノの本社ビルまで送って頂けませんか」
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