遠野事変

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村瀬さんの一歩後ろを歩いているのだが、すれ違う社員さんの視線が痛い……。 村瀬さんはエレベーターに乗って、私と向き合う形になる。 「佐伯さんて、あまり先の事は考えないタイプですか?」 「え。何ですか突然」 「いえ。まさか秋桜と本社に乗り込んで来るとは思わなくて」 「あー、勢いで来てしまった感じはあります」 「なるほど。ただこれ以上勝手な事をされると困りますから」 「……はい。申し訳ないです」 学校の先生に怒られているようだ。 目的の階に着いたのか、エレベーターが停止する。そして一歩、村瀬さんが私との距離を詰めた。 「?」 「ですが、貴方みたいな人と一緒にいたら退屈しないんでしょうね」 「へ」 ぽん、と私の頭を撫でて村瀬さんはまた歩き出す。 「……」 は? 突然の事に思考回路が追い付かない。 いや、なに、今の。 「佐伯さん、置いて行きますよ」 「!はい」 硬直していた体はその一声で動き出す。 「じゃなくて!今の何ですか」 「別に何も?」 「何もって、ああいう事は何とも思ってない女性にしたらいけないですよ」 「そうなんですか?」 「そうです!断じていけません!」 「……ふふ」 「?」 ふふ? な、なぜ、笑っているんだ。 「すみません、少々からかってみたくなっただけです」 「はあ!?」 「佐伯さんに対して知人以上の感情はないのでご安心を」 「……」 すみれが村瀬さんを苦手な理由がほんの少し分かったかもしれない。
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