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「先生、また断れなかったんですか?」
弟子の高田順平が訳知り顔で言う。そういう彼も師匠の頼みを断れない。
「そう言うな、順平。私だって困っているのだよ」
「困っているという割に楽しそうですね」
果たして、俊宜が何を断れなくて困っているのか?
それを詳しく知っているのは、弟子たちの中で順平だけだ。二人を常に悩ましているのは、子爵議員・黒田久仁彦が毎回持ってくる無理難題だった。
久仁彦は祖父の代から理容店に通っている贔屓筋。地位ある立派な男だが、一風変わった趣味を持っている。いつも他人の悩みや揉め事に首を突っ込み、探偵の真似ごとをするのだ。
ところが、困ったことに彼は直接行動せず口を出すだけ。実際に探偵の役目を担うのは俊宜だ。一か月に一度、菊池を訪れた際に問題を提起して、次の散髪まで答えを出さなければならない。多忙な俊宜を更に忙しくさせていた。
子爵という高貴な身分の久仁彦が、どうして理容師ごときに己の楽しみを託すのか?
理容師という仕事ゆえ、客に刃物を向けるのは当然。しかし、いつ命が狙われるかもしれぬ身なので、俊宜に絶対的な信頼を置いているらしい。
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