優しく

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優しく

休憩を何回かはさんで、綾乃の仕事は、二十二時まで続いた。 僕は客席に座って、ビールを飲みながら、綾乃の歌に聴き入っていた。 綾乃が、こんなにも元気な理由がわかった。彼女は、いま、自由だ。ここでは、綾乃はただの、美人で歌のうまい日本人に過ぎなかった。綾乃の幸福を、僕は心から喜んだ。 舞台が終わると、綾乃は、ドレスから着替えて、 「おまたせ。行きましょ」 と、言った。 「どこに?」 「私のアパートメントによ?」 招かれた部屋には、ベッドのほかには、ほとんどなにもなかった。本当に、自分の身、ひとつで来たんだな……。こんなに狭い部屋、たぶん、いままでの綾乃じゃ、有り得なかっただろうな……。 そう思うと、笑いが込み上げるとともに、綾乃の勇気に恐れ入った。 交代でシャワーを浴びると、僕たちは、裸で抱き合った。 「祐介……かなり、痩せたわね」 「心配ない。ただの、恋煩いだよ」 「これからは、私が、たくさんお料理を作って、太らせてあげる」 僕は、いつだかの朝食を思い出して、笑った。 「なによ?なにがおかしいの?」 「いや……。なんでもないよ。飯は僕が作る。僕のほうが、まだましだ」 「失礼ね!なによ―――」 綾乃の口を、唇で封じた。 「黙れ。これからは、ラブリータイムだ……」 僕たちは、口づけを交わした。熱く、甘く……。舌は、次第に下へと降りてゆく。 充分に、期は熟した、というとき、 「くっ……」 と、綾乃が、顔を苦痛にゆがめた。 「え? ……もしかして、バージン?」 「そうよ。当たり前じゃない」 僕は思わず笑ってしまった。なんだよ、高倉の言うことは、でたらめばかりじゃないか! 「笑うことないでしょ! 誰だって、初めはバージンよ!」 綾乃が、僕の頭を枕で殴った。 「ごめん、ごめん。君の初めての男になれて、僕は幸せ者だよ」 「あなたは、私の、最初で最後の男よ!……優しくして」 「わかった」 そしてその晩、僕たちは、「優しく」した。 僕は、心底、綾乃が愛おしくてたまらなかった。
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