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一夜にして有名人(いい意味とは言ってない)
翌日、私は朝から突き刺さるような視線と後ろ指を刺されながら登校した。
(まあ、王族の口説いた相手が下級貴族なら口説かれてた方を叩くよね)
昨日の今日で私を待ち受けていたのは、芸能人のお相手報道的なスキャンダルでおなじみの炎上である。クロウリーの真偽はともかく、あれだけの目撃者が居るのだから、こんな狭い箱庭では一瞬で伝達されてしまう。
その場に居なかったであろう男子生徒たちにもひそひそと言われているあたり、噂と言うものは流布するのが本当に早い。
登校早々、教室に居ずらいのでそそくさと自分の花壇に向かった。昨日は昼休みのレオナタに浮ついていただけでなく、放課後の巻き込み事故のせいで花壇の様子を見に行くことをすっかり忘れていた。
幸い、防御壁で作った風よけはまだ効力があった。寒さに負けることなく背すじを伸ばす新芽たちに、少しだけ勇気をもらった。後はこの魔法が何日間続くかをしっかり記録しておこう。
そして授業を終えた昼休み。今日こそルーチェとお昼ごはんを食べようと言っていたが、急に委員会で招集がかかった。
「今日に限ってなんで……」
「が、がんばって! エリン!」
お弁当を持って泣く泣く教室を後にした。
そう言えば、ルーチェから呼び捨てで呼んでもらえるようになった。呼んでほしいと駄々をこねたとも言うが、この世界で呼び捨て・ため語で話せる友人がアメリアしか居ない私にとって、普通に接してくれる友人は貴重である。教室を出る前、げっそりする私にルーチェが励ましてくれたのは役得だった。
委員会を終え、廊下を一人で歩く。それだけで注目の的だった。
私を見定めるような視線に委縮していると、目の前を本の塔が歩いていた。明らかに自分の身長よりも高く積まれた本を持つその人は、重さも耐えられないのかふらふらと蛇行している。
(どうしよう、避けるべき? それとも声をかけた方がいい?)
つまずいたのか、廊下がきゅっと音を立てる。すれ違う間際、音が気になって顔を上げると、てっぺんの本が宙を舞っていた。
「あっ……」
本越しに聞こえた女子の声と共に、スローモーションで本が降ってくる。
「うぎゃっ」
バランスを崩した生徒が派手な音を立てて転んだ横で、私は本の雪崩に襲われていた。とっさに頭は庇ったが、額に本の角が当たった気がする。たんこぶ出来てそう。
所は変わって保健室。念のため額に貼られた湿布を見て、女子生徒が勢いよく頭を下げた。オリーブ色のロングヘアーが勢いとふわりと揺れた。
「ほんっとうにすみませんでした……!」
湿布をさすりながら乾いた笑いをこぼす。湿布については正確には別物であるが、便宜上そう呼ぶこととする。なんと言ってもこの世界は魔法があるので、科学的なものではないのだ。
「ほんと、気にしてないから頭上げて……」
「で、でも」
「ケガも大したことないし、本も図書室に運べたし大丈夫!」
ようやく顔を上げた生徒は、眉を下げて申し訳なさそうにしている。彼女こそ、さっきぶつかった張本人である。
保健室に向かう前、廊下に散らばった本を二人でかきあつめた。周りの生徒は私たちの事故を見ていたはずなのに誰も助けてくれなかった。おそらく事故ったのが私だからなんだろうけど。
その後、図書室に二人で本を運び、そこで解散するはずだったが、女子生徒が私の額を見て絶叫した。あれは図書室出たところでよかったと思うぐらい大きな声だった。
彼女は「おでこに大きなたんこぶが出来てます~」と言いながら、私を保健室まで連行してきたのだった。
「こっちも人の少ないところに行けてよかったっていうか、うん……。とりあえず! 私も利益はあったからさ、えっと……?」
「二年のナヴィリーヌ・ラーガと申します。ナヴィとお呼びください」
「ナヴィね。じゃ、そろそろ私は行くね……」
予定外の委員会で他学年にも後ろ指を刺されていた矢先、人の少ない図書館や保健室に逃げられたので、この一件は私にも益があったのは確かだ。なので、できればこのまま何事もなくナヴィとは別れたかった。
「ま、待ってください! せめてお名前だけでも!」
ナヴィは名乗ったのに私が名乗らないなんてやっぱりおかしいよね、そうだよね。
腕を掴んででも引きとめてきそうなナヴィの必死さに、良心が痛む。しばらく私は視線を宙にさ迷わせていたものの、観念して口を開いた。
「エリン・アップルシェード」
「エリン……さん……?」
「うん。私も二年だから敬語はやめ……」
ナヴィを見やると、目の前の真っ赤な瞳が大きく見開かれた。
(あー、やっぱり知ってたか……)
あの静かな図書室でさえ時折視線を感じるぐらいには、昨日の一件は大スクープだったのだろう。正直、私が事の重大さに一番気付いていない気さえする。ちょっと最後らへんの記憶曖昧だし。
なんやかんやと頭の中で考えながら、私はナヴィの反応を見守っていた。
「えと、もしかしなくても、昨日クロウリー殿下とご一緒だったと言う、エリンさんですか?」
「そう、ですね……」
「あと確か、クリスマスパーティーで闇落ちに立ち向かったとかいう……」
「同学年だから知ってるよねえ~」
想像よりも穏やかな声に安心したのもつかの間。忘れかけていたクリスマスパーティーの件を掘りかえされて私のライフはゼロである。発作的にローブの心臓あたりを思いきり掴んでしまった。頭を抱えなかっただけマシだと思ってほしい。
幸い、クリスマスは見物人が居なかったのでクロウリーに助けられたことは知られていない。しかし闇落ちが再発したことが予想外に広まったため、私がアメリアを助けようとケガをしたことを知っている人は知っていた。
振り返って気づく、クリスマスから悪目立ちしすぎの自分。
「まさかこんな有名な方と出会えるなんて、光栄です!」
のほほんとした声が、過去に苦しむ私の耳にすっと入ってくる。
想定外の反応に、一瞬私の動きが止まった。
「いや、私はただのしがない下級貴族の娘なので! 気軽に話しかけてください!」
我に返ると、早口オタクを発揮して否定した。するとナヴィはへにゃりと笑い「話しかけてもいいんですか?」と手を合わせて喜んでいた。むしろ私なんかでよければ仲良くしてください。
しばらくの間、誰も居ない保健室でナヴィと二人で他愛のない話をしていた。
予鈴が鳴り、私たちは時計を見上げる。
「あ、もうそんな時間か」
「改めて、今日はお手間を取らせてしまって申し訳ありません」
「いやいや、袖振り合うも他生の縁ってね!」
椅子から立ち上がり、どちらからともなく保健室の入口へと向かう。予鈴が鳴って慌てて移動し始めた生徒たちで溢れる廊下は、朝よりも視線が和らいでいた。みんな自分のことで精いっぱいなんだろう。人の噂も七十五日。早く昨日のことは忘れてほしい。
「今度会った時は敬語やめてよね!」
「はい、努力いたします」
二年生の廊下にたどり着くまで、肩を並べて歩く。教室でナヴィは私に一礼し、扉に手をかけた。
ナヴィの背中を見送ると、私も自分の教室へ足を進める。
(そういえば、ナヴィってどっかで見たことある気がするんだけどなあ。隣のクラスだし合同教室で見かけただけ? それともスチルに描かれていたのかな……)
合同授業は年に数回ある程度なので、他のクラスの生徒など曖昧にしか覚えていない。
それに「UTS」では限られた登場人物しか描かれていないが、この世界ではそうはいかない。クラスには四十人ほどのクラスメイトが居るし、学院に何百人、ダズヌール王国としては何十万人もの人が生きている。全員を把握するのは不可能だ。
また、モブについては描かれたスチルが数少ない。オタクたちは己の二次創作などに出演させるため、モブを通称で呼んでいた。アメリアをツインドリルと呼んでいたのがいい例である。オリーブ色のストレートロングだったらオリーブだのなんだのと名称をつけられているはずだし、それを私が覚えていないわけがない。
(ま、気にしすぎか)
前世でも顔すらわからない同学年なんて居たじゃないか。私だってゲームでは認識されていないモブだしね。
自分で自分に対して「せやな」と相槌を打ち、私も自分の教室へと向かった。
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