新学期は朝から波乱

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新学期は朝から波乱

 時は流れ、冬休みが明けた新学期。  クリスマスパーティーの翌日から迎えた冬休みは、だらだらと家で過ごしていた。  実家で何かしなくていいのかって? 特にない。お父ちゃんのお賃金で生かしてもらっている。  「UTS」の世界観は案外簡単なものだ。ラノベのようなヨーロッパをモチーフとした世界観ではないので、領地だのなんだのは無いし、魔術学院も日本と同じ四月始まりの三学期制だ。  貴族は上級と下級に分かれているものの、特級にあたる王族を除いた一級貴族から七級貴族まで分類されているだけ。内容も世襲制の役人みたいなものである。すべての国土は皇帝のもの。日本史で言う中央集権国家みたいなものだと思う。  このゲームのメインは学院内。しかも五人いる攻略対象の大半は十代の学生だ。クロウリーのように年上の攻略対象も居るけれど、あくまで身分は二の次。主人公のルーチェは白魔法と言う稀有な魔法を持つ少女なので、相手が王族だろうが妨げる壁にしては高さが足りない。トラウマや試練を乗り越えてハッピーエンドを迎えるほうが重要なので、他の設定はわかりやすさ重視だったんだろう。    そんなこんなで冬休みは特に友人と会うわけでもなく、ひたすら家で引きこもっていた。まるで前世の私(土日祝のすがた)である。使用人のマリアには散々小言を言われたけれど、そんなの気にしてたらオタクはやってられない。  久しぶりの登校。昼夜逆転していた体に朝日が染みる。それでも登校時間を少し早くしたのは理由があった。 「あー、やっぱり」  校舎横の小さな花壇を見て、力なくしゃがみこんだ。花壇には枯れた花が並んでいた。  この世界の魔法は一般的な魔法に加えて、固有魔法と言うものがある。特技みたいなもので、私は木属性の魔法を持っている。しかしたいそれた魔法は出せないし、せいぜい種から芽を生やすぐらいだ。 「冬に花を咲かせるのは無謀なのかな~」  この小さな花壇は学院の造園師さんから借りている実験場みたいなもの。「UTS」は四季があるが、おそらく日本よりも冬は厳しい。日本のように一年中花を咲かせることは難しいようだ。過去にも冬に花を咲かせようとしていた人が居たらしいけれど、誰もうまくいかなかったらしい。  特段花に思い入れがあるわけではないけれど、せっかく木属性の魔法を持っているので、どうにかならないかと試行錯誤しているのだ。 「やっぱりここに居た」  顔を上げると、ふわふわで暖炉の炎のように暖かそうなツインテールが北風になびいている。  私と同じ下級貴族の制服に、グレーの裏地のローブを着たアメリアが立っていた。 「アメリア! おはよう!」 「……おはよう」  気まずそうに視線を逸らされた。いつもなら「朝から元気ねえ」なんて言われるだろうに。私が首をかしげていると、アメリアは勢いよく頭を下げた。 「ごめんなさい!」 「な、なんのこと?」  顔を上げたアメリアが呆れた表情を見せる。いや、本当に身に覚えがない。 「アンタねえ……」  これはいつもの私に呆れた時の反応だ。ため息をついたかと思えば、アメリアはパーマのかかった髪を指にからめて言い淀んでいた。 「く、クリスマスパーティーのこと。オーウェン先生に聞いたの」 「……ああ!」  二週間以上前のことで、すっかり頭から抜けていた。  謝られる理由が無いんだけど、もしかして……。 「どっか体痛むの!?」  勢いよく立ち上がり、アメリアの肩をつかんだ。傷とかできてたらどうしよう!? お嫁に行けなくなったとか!?  きょろきょろと見える範囲で傷を確認するけれど、制服のローブは露出が少ないからケガをしていてもわからない。 「アタシは大丈夫。アンタの心配してるの」 「私?」 「そ。体張って助けてくれたんでしょ。先生が言ってた」  私の手をやんわりとほどき、今度はアメリアが私の肩に手をそえた。 「しばらく動けないぐらい消耗してたって」 「あの時は無我夢中だったしあんま覚えてないんだよね。安心して腰は抜けたけど」  続けて「今はもう平気!」と言えばアメリアがまた謝罪する。 「なんでアメリアが謝るの? 闇落ちはアメリアのせいじゃないじゃん!」  ていうか、あの本のせいだし……と言いかけたけれど、物語の根幹に関わるので口を閉じた。私はあの闇落ちの原因を知っているけれど、まだ時間軸的に原因解明されていないはず。 「気に病む必要なんてないよ。それより今まで通り仲良くしてくれる方がうれしい!」 「……ありがとう」  安堵の笑みを浮かべたアメリアに、私はうれしくなって抱き着いた。クリスマスパーティーの時と違って正面からハグをすると、背中にアメリアの腕が回った。  一年生の頃、アメリアによく抱き着いていたのを思い出す。真っ赤な髪をツインドリルに結っているアメリアと、アプリコットオレンジでパーマがかったボブヘアーの私は「姉妹」と言われることが多かった。 「仲睦まじい光景ですが、お邪魔いたしますわ」  思い出に浸っていると、背後から声をかけられた。急に聞こえた私とアメリア以外の声に、二人して肩を震わせる。  振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。上級貴族の学生しか着られないジャボのついた制服と裏地が赤色のローブ、そして黒曜石のような艶のある長い髪。伏していた長いまつ毛が上を向くと、つり目がちな紫色の瞳が私を射抜いた。 「な、ナターリヤ様」  アメリアがぽつりと彼女の名前を呼ぶ。  私と言えば、推しが目の前に……しかもばっちり目が合ってる状態に、頭が真っ白である。目を見開いたまま立ちつくしていた。 「貴女を探していたの、エリン・アップルシェード」  ど、ど、ど、どうして……。  どうして推しが私を探しているんだ!?  目の前に立つナターリヤは、肩にかかった黒髪を払いのけた。うっわー、めちゃくちゃ髪の毛サラサラじゃん。天使の輪っか風でキラキラと揺れて尊さ八割増しでびっくりする。  凝視していることに気付いて、はっと我に返った。  ナターリヤ・エルマジェフ。  レオことダズヌール王国第一王子のレオナルド・デュイスメールの婚約者にして、世に言う悪役令嬢ポジションのキャラクターである。そして何より、私の推しの一人だ。  悪役令嬢っていう名称がいつからできたのかわからないけれど、主人公の恋路を邪魔し、バッドエンドを迎えるキャラを指しているようなので、ナターリヤも当てはまるはず。今までやってきた乙女ゲームってライバルキャラが出てくる作品が少なかったんだけど、ジャンルとして成り立っているし、絶対数としては多かったの、かな? 私がマイナー作品ばっかりしてた可能性はある。  ……話がそれてしまった。  なぜこんなに動揺しているかと言うと、私とナターリヤは同じクラスになったことが無いのだ。アメリアとナターリヤは今年同じクラスだけど、私は隣のクラスだし、ご尊顔を間近で見たのはクリスマスパーティーが初めてだった。 「エリンになんの御用ですか?」 「悪いようにはしませんわ」  アメリアが私をかばう。当の本人は未だ理解できず瞬きを繰り返すだけだが。  警戒するアメリアに対し、ナターリヤはやれやれと肩をすくめた。 「ただ、この前のお礼を言いに来ただけです」  ナターリヤは背すじを伸ばし、言葉を続ける。 「この前?」 「クリスマスパーティーですわ」  あ、この人も。みんな律儀だな。もしかして二人とも私が冬休みをエンジョイしている間も、クリスマスパーティーの件を気にしてたりする? いい人過ぎません?  ナターリヤの優雅な所作を目に焼き付けていると、視線がぶつかる。 「わたくしたちを守ってくださり、ありがとうございます。エリン」 「い、いえ! そんな、そんな、頭を上げてください!」  深々と頭を下げるナターリヤに、私は慌てふためく。膝を曲げて顔を覗き込もうとするけれど、ナターリヤは一向に顔を上げようとしなかった。  アメリアは隣で眉根を寄せて何かをこらえるような視線をナターリヤに向けていた。 「あ、アメリアもなんとか言ってよ~!」  私が言うと、アメリアは制服のスカートを握りしめ、絞り出したような細い声を上げた。 「あ、あの、ナターリヤ様……。クリスマスパーティーの一件では、危害を加えてしまって申し訳……」  それ今言っちゃう!? 今言っちゃう!? 収拾つかなくなりませんか!?  推しに頭下げられるのもいやだし、友人が思いつめてるのもいやだよ! どうしよう!  脳内でネコ型ロボットに泣きつきそうになっていると、背筋の伸びるような芯の通った声が耳を抜ける。 「それは謝らないでちょうだい」  顔を上げ、ナターリヤはまっすぐアメリアを見つめていた。 「あれは貴女のせいでは無いわ」 「わ、私もそう思います!」  ぽかんとしているアメリアをよそに、私もナターリヤに同意する。するとナターリヤは顎に手をそえて短い時間、何かを思案していた。  しばらくして腕を組み、ナターリヤが口を開いた。 「そうね。では、この件についてはお互いを尊重し、これ以上の謝罪・謝礼は不要でいかが? エリン」 「え! あ、はい! じゃあそれで!」  なんで私に振るんですか! と思ったが、即答で提案に乗った。  だって実際、誰も悪くないし。ナターリヤもアメリアも納得してくれたら収まるわけだし。 「あ……ありがとうございます」  涙ぐんでいたアメリアが目じりを人差し指でぬぐう。  アメリアは悪くないのになんでこの子がこんなに負い目を感じなければいけないのか。彼女を横目で見て、私の胸もぎゅっと苦しくなった。 「闇落ちについては今も先生や上級の魔法使いの方々が調査中です」  ゲシュタルトが崩壊しそうなぐらい冒頭から出ている「闇落ち」とは一体何か。  なんとなくお気づきかと思うが負の感情が爆発した結果だ。よくある設定である。  しかし「UTS」の世界では、普通に生きているだけでは闇落ちはしない。トリガーは黒魔法と言う禁術だ。ルーチェの白魔法が光ならば、対になる闇の魔法と言ったところか。 「絶滅したはずの魔法がなぜ……」  ナターリヤとアメリアは緊迫した表情で見つめ合う。私はその様子を見て「あっ!」とひらめいた。と言うか、まずこれをしておけばよかったと今更気づいた。ついでに言うと、そろそろシリアスな雰囲気に耐えられないんだけど……。 「あら、予鈴」  チャイム、めちゃくちゃ空気読めるじゃん! ありがとう!  心の中で予鈴に感謝していると、ナターリヤが少しだけ残念そうな表情を見せた。え、今の表情かわいすぎるんだけど。そんな差分なかったです。  私の脳内語りが途切れるより先に、ナターリヤは目元にぐっと力をいれた。 「それでは。ごきげんよう、エリン。そしてアメリア、貴女はこれ以上気に病まないことね」  勝気そうな姿に戻れば、長い黒髪を翻して校舎の方へ踵を返した。ちらっと視線を私たちに寄こすと、ぽかんとしている私たちをよそに、ナターリヤは高そうなヒールを鳴らしながら校舎の中へと消えた。  うっっっっわ。アメリア羨ましい……。推しに気にかけてもらってるじゃん!?  てか去り際までいい女すぎてびっくりする。ナターリヤの品の良さと、人を見る目はこういうところに出てるのよ! さ、最高……。  前世にはびこっていたナターリヤのアンチにこそ見てほしい神対応。  運営も見てるか? なんで私が死ぬ前にアクスタ出さなかった? 私だって取引垢で「求:ナターリヤ」で交換出したかったわ。
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