前世の記憶は使ってなんぼ

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前世の記憶は使ってなんぼ

 アメリアと教室の前で別れてから午前の授業は上の空だった。朝の一件はそれぐらい衝撃だった。教科書を開いた記憶もないまま、気づけば昼休みだった。  家のシェフたちが腕によりをかけたお弁当をかきこみ、私は図書室に来ていた。いつも時間をかけて作ってくれているのに、飲み物みたいに食べてごめんね……。今日は急ぎなんです。  朝、ナターリヤとアメリアと話していて、どうも気にかかっていた件があった。それを確かめるべく、普段は利用しない図書室までやってきたのだ。 (図書室なんて一年生の時に来たっきりだなあ……。前世を思い出す前じゃん)  ギィ、と音を立てて重い扉を開くと、紙の匂いに包まれる。どこぞの魔法学校の広い図書室には及ばないが、天井まで高くそびえる本の渦を見上げて目が回りそうだ。  まばらに座る学生たちを横目に、私は目当ての棚の位置を確認する。  魔法史の棚にたどり着くと、中世の辺境史の位置を探し始めた。 (まさか図書室の本棚に闇落ちの原因があるなんて灯台下暗しだよねえ~)  そう、私が探しているのはアメリアが闇落ちしてしまった原因。黒魔法の本だ。  ナターリヤの言っていた通り、「UTS」の時間軸では黒魔法は絶滅しているはずだった。根絶したはずの黒魔法がなぜか本として形を作り、しかも図書室に紛れていたのだ。ナターリヤが闇落ちししたのはその本に引き寄せられたせいであって、彼女自身が何かを謀ったわけではない。  事故とも言える事件の結果、ナターリヤは婚約解消、負い目を感じて自ら国外退去。そしてその後は描かれていない。脚本の都合とは言え、当て馬令嬢すぎて思い出すだけで眉間に皺が寄ってしまう。推し、控えめに言ってかわいそう……。  彼女は彼女なりに訳ありだった。レオの婚約者に選ばれたことによって姉妹から疎まれ、周囲も一線を引いていたから友達は居らず、レオだけが救いだった。故に幼少からレオに好かれようと努力し、周囲の妬みを含んだ視線は努力の結果でねじ伏せてきた。  そんな中、ぽっと出の女に自分の居場所を取られたらどう思うだろうか? まあ、嫉妬するよね。その結果、真面目に期末試験の勉強をしていた際に見つけた黒魔法の本をきっかけに、クリスマスパーティーで感情が爆発。彼女は闇落ちしてしまった。  つまり「本がまだ図書室にあるなら、今のうちにこっそり処分しておこう!」と言う話だ。  前世を思い出してすぐはともかく、レオルートじゃないと気付いた段階で本のありかを確認しておくべきだった。二人と話すまで黒魔法の本の存在を思い出せなかったのは許してほしい。 「黒くて、白抜きの文字、白抜きの文字……」  ゲームではルーチェが白魔法の力を使って見つけるが、生憎私にはそんな力はない。どれだけ力んでも、双葉が生えるぐらいだ。  けれど私は本の表紙を知っているし、場所もわかる。前世の記憶持ち、最大の強みである。  細かくテキストに記載してくれてありがとう公式。そしてソシャゲにしても省略しないでくれてありがとう運営。さすがに前世の十年前の記憶じゃ思い出せなかったと思う。  黒色の背表紙を何冊か取り出すも見つからない。もしかしてゲームと同じ場所にはないのかもしれない。そう思い、隣の棚も調べ、そのまた隣も調べ、そのまた隣も、隣も……。昼休みほとんどを使って魔法史の本棚全てを確認したが、黒魔法の本は見当たらなかった。 (誰かが借りちゃったとか、無いよね?)  もしそんなことになったら、闇落ち大パニックになりかねない。私ははしごを降りると、原作の会話を思い返した。 「いや、借りようとする段階でわかるか~……」  黒魔法が残っている原因などは作中で解明されているが、黒魔法の本についてはわからないことが多い。しかし、ルーチェが本を見つけた時にオーウェン先生が「これは学院の図書ではありませんね」と言っていたのは確かだ。前世で言うバーコードじゃないけれど、司書さんが本を読み取る段階で「おかしいな?」となるはずである。 「もしかして他にも黒魔法の道具とかがあったり?」  原因が本だと思っていたが、この世界では違うかもしれない。それは大いにあり得る。何せ「UTS」に近いだけでそのものの世界ではないからだ。  そうなればさすがに可能性が広範囲すぎてお手上げである。  付け焼き刃で考えても結果は見えている。予鈴も鳴りそうだし、今日は教室に戻ろう。  すると出入り口の手前で一方的に知っている人物に出会った。 (テオだ……)  去年同じクラスだった男子学生が、図書室名物・長机で伏して眠っている。  ――テオドール・ヤアールマン。通称・テオ。  「UTS」の攻略対象の一人で、平民の子である。突っ伏しているから見えていないが、下級貴族と同じ裏地がグレーのローブの中に着ている制服は私たちより簡易的だ。  羊のような見た目通りの天然不思議ちゃん属性で、図書室やベンチで眠っている姿を偶然見かけるところからルートが始まる。まさに今みたいな感じ。  五人の攻略対象で唯一、黒魔法の本に取り込まれそうになるキャラクターで、彼のルートで闇落ちの原因が黒魔法の本だとわかる。  魔力が強すぎて体が耐えられず、一日のほとんどは眠って英気を養っている。もちろんゲーム情報であり、本人から聞いたわけではない。  去年は確か隣のクラスから幼馴染の女の子が起こしに来ていた気がするけれど、よく覚えていない。 (テオルートでエモいのはやっぱり髪色のセリフ!)  ふわっふわでわたあめのような薄いピンク色の髪を見ると、にやけが止まらなくなる。口もとがだらしなくなっていることに気付き、慌てて手で覆った。  実はこのゲーム、主人公のルーチェと攻略対象の五人には共通点が一つずつ存在する。  レオは瞳の色、クロウリーは三つ編み、そしてテオは髪色。それぞれ共通点にあわせてイベントが存在する。  テオの場合は、人混みではぐれそうになったルーチェの腕を引き寄せて「ボクはキミをすぐに見つけるから、不安そうな顔しないで」と言うのだ。 (攻略キャラ随一の細身低身長のテオが男らしくなったのがエモエモのエモだった……)  普段ぽやぽやしているキャラクターが真剣な表情をすると温度差でグッピーが死ぬ。いや、オタクが死ぬ。  セリフを脳内再生するだけで胸元に手をあて、眉根が寄ってしまう。ここが図書室じゃなかったら「ン゛ッ」と声を漏らしているところだった。 (あー。今すぐ「UTS」プレイしたい……。テオのあのセリフ聞きたい……)  もはやソシャゲの禁断症状になっていると、図書室内に予鈴が鳴り響いた。前世を思い出して萌えるだけの、元オタクの唯一とも言える憩いの時間を打ち切るなんてひどい! 「やば! 次、移動教室じゃん!」  冗談を言っている場合ではなかった。次の授業、遅刻したら教室に入れさせてもらえない。  私は慌てて図書室を後にし、廊下を猛ダッシュする。途中で注意するような先生に出会わなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。息絶え絶えではあったが、なんとか次の授業には間に合った。セーフ。
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