オタクによる自分語りのコーナー

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オタクによる自分語りのコーナー

「今日はね、朝からナターリヤ様と出会ったのよ!」 「エリン様は本当にナターリヤ様がお好きですね」  放課後、下校途中。  貴族は上流・下流関係なく基本的には従者が迎えに来る。私も例外なく、校舎を出ると侍女のマリアが待っていた。  赤い裏地のローブを着た上流貴族のあれそれと比べると質素だが、うちの馬車は乗り心地もそれなりだし、揺れも少ない。あと御者の腕がいいのは確かだ。  馬車の中でその日の出来事をマリアに話すのが日課だった。今日は三学期の初日と言うだけでなく、話すことが多い。何せ今まで一方的に見ていたナターリヤと会話をしたのだ! もはや私とナターリヤの遭遇イベントが発生したのだ、この感動を共有してほしい! 伝えたいことが多すぎる! 「しかもね、お話したのよ!」 「あら、おめでとうございます」  マリアは丸眼鏡を押し上げると、手袋をつけた両手で数回拍手をした。拳を握って力説したところで、幼少からの付き合いであるマリアの反応は薄い。と言っても、決して薄情な侍女ではない。むしろマリアの方が年上なのもあいまって過保護の部類に入る。  クリスマスパーティーでケガをした時は保健室でめちゃくちゃ泣きつかれた。それはもう初めて見る動揺っぷりだった。いつもはオタクのあしらい方が上手くて、扱いが雑になることが多いけれど「ちゃんと主人として見てくれてたんだ~」と安心したのは記憶に新しい。 「クリスマスパーティーで助けたお礼を言われたんだけどさ、お礼言われるほどのことしてないと思わな……い……?」 「クリスマス……パーティー……?」  お、おっと? なんだこの空気。  マリアが唇をつきだしてふてくされる。え、もしかしてクリスマスパーティーはまだ地雷ワードなの? ミュートしてくれない? 「そうですね。お嬢様は内出血に全身打撲、捻挫と突き指と満身創痍で皆さまを庇われましたから……。お礼を言って当然ですよね?」  マリアが緩急のない話し方でまくしたてる。まるで早口オタクだ。 「いやいや、当然じゃないでしょ。誰のせいでもないんだし」  原因が闇落ちと言うのは学院どころか国中に知れ渡っていた。被害が少なかったこと、きっかけ次第では誰にでも起こる可能性がある闇落ちの怖さを知っているから、アメリアは肩身の狭い思いをすることはなかった。むしろきっかけである黒魔法の復活が大騒ぎになっている。 「それに、あの場に居た全員大ケガする可能性だってあったし……」  私に倒れこんだアメリアを思い出して眉間に力がこもる。少なくとも推しや身内には二度とあんな目にあってほしくない。  小さくため息を吐き出すと、馬車内が静まり返った。 「出過ぎたことを申し上げました。申し訳ございません……」 「気にしないで。いつも気にかけてくれてありがとう、マリア」  私が微笑むと、感極まったマリアが抱き着いてくる。昔から変わらない、泣き虫で私のことが大好きなマリア。今生は兄弟が居ないから、彼女を姉のように慕っている。私のハグ癖はマリアの癖がうつっていると思う。 「一生ついていきます、お嬢様!」 「もー、泣かないでよ~」  困ったように言っていても口もとは緩みっぱなしである。嗚咽を繰り返すマリアの背中をぽんぽんとさする。エリンとして過ごすようになって約半年。このやりとりは日常茶飯事である。 (この半年でエリンって呼ばれるのにも随分慣れたし)  元々SNSで使っていたHNに「エリ」が入っていたので、なんとなく名前に親近感はあったのがよかったのかもしれない。反応できなくて変な子扱いされることはなかった。  馬車の外から蹄の音が近づいてきた。なぜか気になって顔を上げてカーテンが開いたままの窓から外を見た。すれ違った馬車は……馬も車体も真っ黒の、黒い馬車だった。 (黒い、馬車か)  思い出すのは漆黒の闇を纏う攻略対象のことだ。  クロウリーは闇に紛れて行動をするため、彼の私物は黒いものが多い。もしかすると、今すれ違った馬車にクロウリーが乗っていたかもしれない。 (そういえば……)  泣き止まないマリアを抱きしめたまま、今日の出来事をふまえてこの世界の今後について考えていた。  「Under the Sky」はルーチェが攻略対象と結ばれることが前提にある世界だ。まさか誰とも引っ付かないなんてない……と思いたい。  とはいえ、原作はルーチェが転校してからの一年間を描いたストーリーだったので、あと二か月で終わってしまう。ゲームより前の人生があったように、終わっても人生は続いていくだろうけど、どんな未来が待っているのかわからない。 (この世界でルーチェは誰とひっつくんだろう)  乙女ゲームの流れは大きく分けると二つある。攻略対象のルートの大筋が大体同じものと、全く違うものだ。  前者に対して「大筋が同じ」と言うと語弊があるかもしれない。一つの目標を終えることがルートの最終地点と言うべきかも。例えば「音楽学校でペアを組み、攻略対象と共に主席で卒業する」とか。  それに対して後者にはストーリーの共通点は無く、内容がキャラによって全く異なる。私が攻略対象について「唯一」を使いがちなのはこれが理由だ。その分ゲームによってはキャラによってシナリオの長さが変わるので、優遇だの不遇だの言われる場合もある。  「UTS」は後者に分けられる。更に分類すると全員攻略しないと全貌が見えないタイプで、全体を通して一つの筋書きがある乙女ゲームだった。 (決まった未来があるとすれば、クロウリーなんだよなあ~)  クロウリールートではエンディングで結婚後の未来が描かれている。途中何度もすれ違う二人がたどり着いた穏やかな時間。お屋敷のお庭で二人が幸せそうに肩を寄せて眠るスチルを思い出すだけで目頭が熱くなる。まじで隠しルート、途中までめちゃくちゃしんどいけど最高だった。  何度も言うが、私はレオナタが好きだ。それはナターリヤと言うキャラクターに与えられなかった幸福を求めていたからである。  しかしクロルチェは困難を乗り越えた二人だからこそ、日々の中にあるささやかな幸福を共有し、穏やかな時間を過ごしてほしい。  二次創作で言う「IF」モノと、「原作後」「未来捏造」モノの差。つまり好きのベクトルが違うの! わかってもらえるかな~、オタクの厄介な感情の差……。厄介だよね、わかるわかる。 (あと何が良いって、無垢な年下に振り回されるズルい大人の構図)  クロルチェは年齢差があるカップリングゆえ、クロウリーはなかなか自分の気持ちに素直にならない。けれどルーチェに思わせぶりな態度を取るし、ルーチェはクロウリーのどっちつかずの態度にやきもきする。引っ付いてからはクロウリーの態度が甘々の砂糖漬けなのもまたいい。 (うん、やっぱクロウリーにはルーチェが必要だな! 頼む、クロルチェで結ばれてくれ……。頼む……)  結局家に帰るまでの間、前世以来の「推しカプのどこが好きだったか語り」を脳内で繰り広げた。やはりオタクは好きなものについて永遠に語れてしまうな……。久しぶりにオタ活をした気分である。  そんなわけで、ルーチェに関するカップリングではクロルチェが一番好きだ。それさえ理解してもらえたら大丈夫。
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