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ヒロインは女から見ても可愛い(真理)
生きてるだけでファンサしてもらってるのに、推しに顔を覚えてもらっていただけでなく、名前まで呼んでもらった。
その事実を思い出すだけで興奮が止まらなくて、昨日は全く眠れなかった。舞い上がりすぎ。
私は今日もあくびをこらえながら授業をやりすごそうとしていた。
(まさかのホームルームで席替えするなんて思わないじゃん)
中央の後ろから二番目の席。居眠りをしていると地味に気づかれやすい席だった。前世でティッシュ箱のバリケードを作っていたのが懐かしい。
(しかも隣……)
右隣の席に座るピンク髪の少女をチラ見する。
三つ編みをカチューシャのように編み込んだストレートのボブヘアーに、まん丸くりくりだけど目尻の下がった青い瞳。親の顔より見たんじゃない? と冗談が言えるぐらい画面越しに見た。主人公のルーチェ・ドミニクだ。
同じクラスとは言え、本当に関わることなく半年間以上生活していたので、まさか今更隣の席になるなんて思わなかった。この教室で学ぶのも二か月ちょっとしかないのに。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
ばちっと視線が合うと、ルーチェは人懐っこい笑みを浮かべる。急に目が合って焦ったけれど、ずっと見つめていたことは気づかれていないだろうか。
ほぼ自習だったホームルームが終わり、二時間目は魔法薬学の授業で移動教室だ。
魔法薬学の授業は好きだ。数少ないS評価がもらえる教科だし、自分の固有魔法とも相性があっているので楽しい。
(……なぜ)
今日の魔法薬学の授業はペアで受ける内容だった。「二人一組になってください」と眼鏡姿のローラン先生が、小柄な見た目と反するハスキーな声で言う。
何を隠そう、私はクラスに特定の友達が居ない。いや、いじめられているわけではない。ただ、アメリアのようなニコイチで常に一緒に居るようなクラスメイトが居ないのだ。
どうしようかなーと考える間もなく、背後から「よかったら組みませんか?」と声をかけられた。
「わたし、アップルシェードさんとお話してみたかったんです」
内巻きに整えられた桃色のボブヘアーが揺れる。そう、私に声をかけてきたのはルーチェだった。
「私に?」
悪役がかき混ぜてそうな大きい鍋にちぎった薬草をいれていると、ルーチェが私に話しかける。
鍋の中から顔をあげ、ルーチェの方を見る。彼女は困ったように笑っていた。
「はい。お礼を言うタイミングを逃していたので……」
ああ、それか。ほぼ無意識にピクリと片眉が動いた。
アメリアの時もナターリヤの時もだけど、お礼や謝られるのは苦手だ。あれは私が誰かに感謝をされたくてした行為ではない。闇落ちについて知っていながらアクシデントなく冬休みを迎えられると思っていた私のおごりでもある。
「あー……。謝らないで。たまたま私があの場に居て、流れでああなったし……」
「でも……」
「じゃあさ、とりあえず課題をしっかり終わらせよ?」
苦虫をつぶしたような表情をルーチェに向ける。どう解釈したのかわからないけれど、両手で拳を作って意気込んでいた。がんばるぞってポーズをしてもあざとくないし、女の私が見てもかわいいのズルすぎる。
「ははは」と乾いた笑いをこぼすと、私たちは与えられた課題をもくもくとこなした。
「はい、合格です」
課題の薬を作りおえ、挙手する。ローラン先生が薬の中身を確認し、バインダーに書かれた私とルーチェの名前に丸印をつけた。
魔法薬学は課題を終えた順に退出が許されている。いつまでも残っていると逆に怒られることさえある。課題中の生徒の邪魔になるからね。そそくさと教科書やノートを片し、私たちはクラスメイトが苦戦している中、教室を出た。
「あ、ちょっと寄り道してもいい?」
「ええ、もちろん」
教室に戻る途中、回り道をして花壇の様子を見に行く。ルーチェは話したくてそわそわしているし、花壇近くのベンチに腰を据えよう。
「ここは?」
「私の花壇。庭師さんに言って借りてるの」
花壇の前でしゃがみこむと、隣にルーチェもしゃがんだ。
「冬なのに芽吹いていますね」
「まだ小さいけどねぇ。ちょっと目を離すと寒さですぐ枯れちゃうから」
私はルーチェにこの花壇で冬でも花を咲かせるために実験をしていることを話した。この前は全て枯らしてしまったが、再チャレンジ中なのだ。
「アップルシェードさんが魔法薬学にお詳しいのは、努力の結果なんですね」
「そんな大げさな……。固有魔法が木だからだし、成長の促進するために薬作り始めたのがきっかけだし!」
花壇を見下ろすルーチェの目は輝いていた。毎回試験の結果は貼りだされる。魔法薬学だけは常に上位一桁をキープしているのを彼女も知っていたようだ。
「ていうか、今更だけどエリンでいいよ。苗字長いし、呼びにくいと思うから」
「では、エリンさん。わたしのこともルーチェで結構です」
「ありがとう、ルーチェ」
私が名前で呼ぶと、ルーチェの頬に色がさした。心底嬉しそうな姿を見て、今の今まで苗字どころか会話もしたことのないクラスメイトに呼び捨てにされて喜ぶのはなぜか。
「エリンさん。改めてクリスマスパーティーでは助けていただいてありがとうございました」
しゃがんでいたルーチェは立ち上がると、深々と頭を下げた。
「ほ、本当にそんなお礼言われるようなことしてないから! 顔上げて~!」
昨日もここで同じことしたような……。
慌てて立ち上がり、ルーチェの肩を掴む。
「で、ですが……」
「アメリア……あ、闇落ちしちゃった子ね。大事な友人だったの。止めようって思うのは当然じゃない?」
口ごもるルーチェを気にかけることなく、私は話を続ける。
「私は友達を助けたい一心だったし、ルーチェたちを助けたのは言い方が悪いけどたまたまなんだよね。だから恩に感じる必要はないよ! なんで闇落ちが起きたのかわかんないけど、アメリアのこと責めないでね! 悪い子じゃないから……」
「も、もちろんです!」
言いたいことを矢継ぎ早に言いすぎたかもしれない。早口オタクの悪い癖が出ている。申し訳ない気持ちで視線を土に落とすと、胸に手をあてたルーチェが前のめりで返事を返す。誠実さがにじみ出る強いまなざしに安心し、私は頬を緩めた。
「じゃあ、私ともアメリアとも同級生として普通に接してもらえると嬉しいな!」
そう言うと、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「あ、授業終わった」
「終わりましたね」
お互い鐘を見るわけでもなく、音に釣られて空に目をむけていた。チャイムが鳴りやむと、私は彼女の肩にそえたままだった手を離した。
「ごめんね、立ち話になっちゃって」
「いえ。とても有意義な時間でした」
小さく首を左右に振り、ルーチェは微笑む。
しかし、私には有意義と言われるような会話を交わしたとは思えなかった。
「そんなためになる話したっけ……?」
首をかしげながら、ルーチェに尋ねる。すると思わぬ言葉が返ってきた。
「はい。エリンさんとお友達になれました」
「!」
目を細めて幸せそうに微笑む姿に、私は目を見開いた。え、本当に私が友達になってもいいんですか? ルーチェ、まじで天使すぎんか? 混乱する頭で「とにかく返事をしなければ!」と返答を探す。
「私も! ルーチェと友達になれて嬉しい!」
食い気味に私が伝えると、ルーチェが笑った。あのおしとやかなルーチェが! 微笑むとかではない、大輪の花のように口を開いて笑ってくれた。
つられて私も大きく口を開いて笑う。くしゃくしゃの顔で見つめ合うのがなんだかおかしくて、どちらからともなく「ふはっ」と声をあげて笑った。
「教室戻ろっか!」
「はい」
ひとしきり笑い合うと、ベンチに置いていた魔法薬学の一式を持って教室へと向かう。
花壇に来た時よりも私とルーチェの距離は、間違いなく近くなっていた。
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