オタクとネアカは相いれない

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オタクとネアカは相いれない

 午前の授業が終わり、昼休みになった。  二時間目の魔法薬学の授業のおかげで、ルーチェとぐっと仲良くなれた。休憩時間にとなり同士でおしゃべりしているのがまだ信じられない気持ちはある。今まで近づかないようにしててごめんね。やっぱりルーチェは俺らのヒロインだったわ。  昼休みも一緒にご飯を食べようかと言う流れになったのだが、ルーチェがオーウェン先生に呼び出された。いつにも増して今日の先生は目元の隈がひどい。  しばらくしてルーチェが教室に戻ってきたが、急用ができたとかで早退した。「間に合えば午後の授業までに戻ってきます!」と言い残して。 (ぼっち飯なんていつものことだけど、なんか寂しいな~)  ちらりと見た隣の机には、誰も座っていない。  今まで気にしたこともなかったけれど、案外友達に飢えていたのかもしれない。前世を思い出してから半年以上。このクラスでは極力人と接しないようにしていたが、今になってストレスだったと気づく。  無言で昼ご飯を食べ終え、教室を出る。行く当てもなく階段を降りてみると、無意識に自分の花壇まで来てしまった。 「さすがに数時間前に様子見たし、芽は元気だねえ」  北風がびゅうびゅう吹く。マフラーを持ってきたらよかった。二の腕辺りをさすりながら、花壇を見下ろす。数センチしか伸びていないのに、新芽が風にあおられている。やはりダズヌール王国の冬は寒すぎる。 「せめて風をしのぐぐらいは……あ!」  四時間目の授業で習った防御壁の魔法を思い出した。囲うように展開することも可能だし、強度をあげれば防御だけでなく攻撃の衝撃自体や音も吸収できるらしい。急な雨をしのぐこともできるって先生が言っていた。  今の私では大した防御壁は作れないけれど、小さな花壇の風よけぐらいなら作れるのではないか。試しに呪文を唱えながら揺れる双葉を囲うように杖を動かした。 「お、やったー!」  無風の中で新芽が天に向かってそびえている。外気の遮断に成功したようだ。中の温度がどうなっているのかわからないけれど、ひとまずこれで様子を見よう。 「この魔法、どれぐらい持つのかな……」  魔法使い見習いの魔力などたかが知れている。面積が小さくてもすぐに効力が消える可能性は十分にある。しかも習いたての魔法なので、安定していないだろう。 「帰る前にもう一度花壇の様子を見よう」  あー寒い。はやく教室で暖まろう。  踵を返して教室に帰ろうと思った矢先。目の前で見知った男女が肩を並べており、とっさに校舎の陰に隠れてしまった。 (あ、あ、あ、あれは……)  顔だけをひょっこり出し、二人の様子を覗き見る。三度見してもやっぱりレオナタだった。広い校舎同士を繋ぐ渡り廊下を二人寄り添って歩いている。 (いやいやいやいや!? レオ!? 肩に手!? まじですか!?)  寒さで身震いをしたナターリヤの肩を、レオが引き寄せる。さりげなく女性を気遣うスマートさに尊みが増す。ナターリヤの照れ顔もかわいい。ありがとうございます、私の寒さも吹っ飛びました。 (ていうか……え、何……レオがめちゃくちゃ嬉しそうなんだけど……)  恥じらうナターリヤをレオがからかう。声をあげて笑う姿は幼ささえある。  高揚していた気持ちが一気に冷えていく。推しカプのいちゃいちゃは嬉しい。しかしレオの生い立ちを考えると、あんなに無邪気に笑う姿が逆につらくなる。 (めちゃくちゃ幸せそうじゃん……)  レオナルド・デュイスメール。  「UTS」のメイン攻略対象であり、ダズヌール王国の第一王子だ。外はねの金髪に青い瞳を持つ姿に加え、物腰もやわらかい。おとぎ話の王子様のようなキャラクターで、オタクからは「まずレオを攻略しろ」と言われているぐらい、「UTS」の看板的存在である。 (未来の王として複雑な思いを抱えているレオが感情を表に出すのは物語の後半なのに……)  よくある設定だが、誰にでも優しいキャラは本心を見せない。心の氷を解かすまでに時間がかかるはずだが、目の前のレオは違った。  うつむいたナターリヤからは見えていないと思うが、愛おしそうに目を細めてつむじを見下ろしている。この世界線ではどんな経緯があってこの二人が幸せそうにしているのか、純粋にそれが気になってくるレベル。 (過去編……ファンディスクほしい……。いやでもファンディスクじゃレオナタ引っ付いてないな? どこに課金したらなれそめとか知れる?)  一周回って冷静に推しカプを見守っていると、急に耳元で声をかけられた。 「何してんの?」 「ぎゃっ!」  一方的に知っているだけだが、聞きなれた声。レオより低く、クロウリーより高い。元気キャラと見せかけて病んでいそうなこの声は……。  声のする方を見ると、男性が私をいぶかし気に見つめていた。  ルーチェと共通点にあたるたれ目に、つりあがった眉。目と眉の間隔はもちろん狭く、典型的な眉目美麗の顔面が目の前にあった。この男は高身長で怖がられている設定なのに、目線が私とほぼ変わらない。ご丁寧に私の身長にあわせて腰をかがめているのだ。上級貴族のローブと制服のすき間から赤い裏地が見える。 「何してんのって聞いてんだけど」  少し怒気の含まれた声に、肩が震える。彼の性格上、怒っているつもりはないのかもしれないけれど、見下ろされている手前、オレンジ色の瞳に睨まれている気がする。無意識の内に胸元で手を組み、私は口をまごつかせていた。 「いや、あの……」 「てか誰覗き見してたんだよ、ってレオ?」  背筋を正した男が壁の向こうを覗く。そうですよね、貴方がレオとナターリヤを知らないわけないですよね。  私より頭一つ分以上高いところにあるイケメンを見上げつつ、頭の中では人生終了のお知らせが流れている。 (終わった……。不審者扱いされちゃうやつ……)  よりによってこの男にレオナタを観察していることがばれてしまうなんて。 「アンタ、レオのファンかなんか?」  第一王子をさらっと呼び捨てで呼んでしまうこの男の名前はジャン・アレク・ミズリェム。上級貴族の息子にして、レオに幼い頃から仕えている側近兼親友である。  良い感じにエアリーでシャギーが入っている茶色の髪で、乙女ゲームに一人は居るであろう元気系キャラ。それがジャンだ。  本人は高身長で威圧的に見えると悩んでいるが、人懐っこい笑顔を見せるところなど圧倒的かわいいワンコ属性として人気だった。何より選択肢を一つ間違えればたちまちヤンデレになる危うさがオタクの心に刺さり、「UTS」の人気投票でぶっちぎりの一位を手にした男である。  前世の私は立ち絵を見て、「そんなひょろい体形で威圧感とか怖いってあるの?」と思っていたのだが、何事も経験は必要。見下ろされるとめちゃくちゃ怖かった。 「あの、えっと……」  整った眉をゆがめ、疑うようなまなざしを向けられている。冤罪なのに「私がやりました!」と自白する人の気持ちがわかる。私の場合、覗きをしていたので冤罪ではないけれど。  何をどう説明しようか。回らない頭で一生懸命考えているつもりだが、「あー」とか「うー」しか言わない私に、多分ジャンはイラっとしている。 「……」  ちらりと目だけを上に向ける。無言の圧がすごい。視線が合うだけで委縮してしまった。 (せっかくの貴重な昼休みにだんまりで時間を使うのももったいないし、下手に取り繕わずに本当のことを言った方がいいかもしれない。ジャンに引かれたらそれはそれで仕方ないってことで)  両手で拳を握って、大きく息を吐きだす。覚悟を決めてジャンを見上げた。半ばヤケである。 「レオ王子とナターリヤ様のイチャイチャを見ていました!」 「……は?」  ぽかんと口を開けたジャンをよそに、早口オタクのスキルを使って自分は無害だと主張を続ける。 「教室に戻ろうとしたのですが、あんなに幸せそうなひと時を過ごされているので、お二人に水をさすのもどうかと思いまして! 眼福だなーと思いながら眺めていたんです!」  いや、教室帰れよ。つい自分にツッコんでしまった。「眼福だから覗きしてました」なんて下心ありすぎてジャンに不審がられてもおかしくない気がしてきた。 「とっさに壁に隠れてしまったので、傍から見たらキモイことになってたと思いますけど……。あ、いや、別に下心とかは何もないですし……」    威勢がよかったのも一瞬だけ。自分の行動に恥ずかしくなってきたので、ジャンから視線を逸らした。居心地悪くてふてくされたような声になっているのが自分でもわかる。ついでに声のボリュームも尻すぼみになっていく。  眼球だけを動かし、ジャンを見上げると、到底理解できないと言った様子で首をかしげていた。 「なんだそりゃ?」  う、うるせ~! お前が勝手に疑ってきたんだろうが! こっちは前世では考えられないぐらい公式から推しカプの供給をもらって動揺してるんだよ! ちょっと覗くぐらい許してください! もうそっとしておいて……頼む……。 「そんなことなら声かけりゃいいじゃん」 「え?」 「お似合いですねって言えばよかったんだよ」 「……」  空気の読めなさが天元突破しているだろう発言に、今度は私が眉をひそめた。 (この陽キャ、ゲーム以上に人を疑う心がないの?)  心に闇は抱えているものの、ジャンはネアカ属性だ。そのうえ気さくで誰とでも仲良くなるタイプで、出会ったばかりの人間にも友人として接する。……その性格のせいで裏切られた過去を持っているだけだが。  人を疑わないのは短所でもあり長所でもあるしいいことだと思う。ヤンデレの着火剤にもなるけど。 「いきなり関わりの無い女から言われたら怖くないですか?」  一般論に近いであろう疑問を投げかけてみる。しかし結果は火を見るよりも明らか。ジャンは私の意見を理解できていないだろう。 「お前、同じ学年だろ? なら接点あるじゃねーか」 「いや、そんなわけあります!?」  間髪入れずにツッコミをいれてしまった。ジャンの区切る枠が広すぎてびっくりする。同学年ってだけで「ラブラブですね!」って話しかけられる対象なら人類ほとんど知人じゃん。さすがだわ。  私はこめかみに指をあて、しばらく唸った。どう説明すればジャンに私とレオナタの接点の無さが伝わるのか。 「そ、そりゃあ、貴方はレオ様のご友人ですし、気兼ねなくお話できるかもしれませんが……。私は本当にただのクラスメイトなんです。接点ゼロ!」 「お、おう?」  首をひねるジャンとは正反対に、私の言葉はどんどんヒートアップしていく。 「そんな女からいきなり『お二人はとても仲睦まじく、絵になってますわァ』なんて言われたら引くでしょう!? 距離感迷子すぎません!?」 「そ、そうなの、か?」  土足で知らない人間に距離感を詰められれば不快になると、彼は気づけないらしい。本当に理解ができていないようで、眉を下げてきょとんとしていた。  スチルでも思っていたが、ジャンは他人との距離が近すぎる! レオはともかく、出会ったばかりのルーチェに肩を組むのはよくないと思います! それはイケメンで性格が良いジャンだから許される距離感! 「てかあの雰囲気ぶち壊してまで自分の感想言うほどバカじゃないんですが!?」  完全にまくしたてて話すオタクの図だが、好きなものを語っているわけではないからとても惜しい。オタクの厄介ムーブに気おされたのか、ジャンは私の頭上の少し上を見たまま動かなかった。  せっかくなのでジャンルートについて語りだそうと、脳内でジャンルートの良かったシーンを三つ上げようとしていた。 「お前」 「はい?」  やっぱり一位はお揃いのたれ目についてルーチェが言及するシーンよな! と分裂した脳内の私が握手を交わしている中、ジャンがぽつりとつぶやいた。 「後ろ」  ジャンが私の背後を指さした。 「なんです? 気を逸らすつもりです……か……?」  不機嫌を隠すことなく振り返ると、レオがこちらを覗き込んでいた。一つにまとめられた金髪がサラサラと風になびいていて、時の流れがゆっくりになったような錯覚に陥る。 「何をしているんだい? ジャンと、君は……」  目を丸くしたレオが、引きつった顔の私と無表情になったジャンを交互に見つめていた。  ……本日二回目の「私、終わったわ」案件ですわァ。
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