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推しカプ以外だって萌える時は萌える
レオは私とジャンが一緒に居るのが相当意外らしい。隙を見つける度に、私たちの顔を交互に見ている。
「ジャンと……確か、アップルシェードさん」
「なんだよ、やっぱ知り合いじゃねーか」
レオから私へ視線を移し、呆れたような含みのため息をついた。
「いや、だから、クラスメイトってだけでお話したことは……」
「ごめんね、ジャンって友人の範囲が広いから」
手をぶんぶんと左右に振りつつ否定するも、ジャンに私の声は届いていない。すると代わりに眉尻を下げたレオが謝罪した。レオがジャンの身内判定ががばがばだとわかっているタイプの人間でよかった。もっとも、ジャンは私とレオの関係について誤解しているのだから、レオ本人が一番理解しているだろうけど。
「話は戻るけど、どうして二人が? 君たちって仲良かったのかな?」
レオが言うと、ジャンは軽く首を左右に振る。そして私が隠れていた壁にもたれかかり、腕を組んだ。
「コイツが壁にへばりついてレオたちを見てたから声かけたんだよ」
「僕ら?」
きょとんと丸くなった青い瞳が私を見つめる。
ジャンに「言わないでよ!」と言うことも忘れ、無垢な表情のレオから視線に居心地の悪さを感じていた。下心が無いと反論していたが、下心しかなかった私は、いたたまれなくなって壁のシミに視線を向けた。
「お前とナターリヤが一緒に居るとこ」
「呼びまして?」
ファッ!?
レオの背後からひょっこり顔を出した推しに、肩が跳びあがる。ヤバい声が出そうになったが、両手で口をふさいで免れた。今まで怠惰していたのかと思うぐらい心臓が突然動き出す。
「あら、エリン」
「ご、ごきげんよう。ナターリヤ様」
私に声をかけると、当然のようにナターリヤがレオの隣に並んだ。いつもなら感謝しているところだが、今はそこまで余裕がなかった。
(間近でレオナタを浴びたのがクリスマスパーティー以来なので、あの、ちょっと、脳が処理できない……無理……)
あの時はそれどころじゃなかったのでまだ直視できていたけれど、今は全員冷静も冷静。
レオの左隣に立つナターリヤ。この絵面だけで厄介激重感情持ちのオタクは号泣モノだが、直視できない。網膜に一瞬で焼き付け、そそくさと壁にもたれかかったジャンの後ろに隠れようとする。
「どうしたの? エリン」
「急に借りてきた猫みたいになっちまったぞ」
「ナターリヤに緊張しているのかい?」
ジャンは威勢のいい私を見たので、急に大人しくなったのがよっぽど奇妙だったらしい。隠れようとする私の首根っこをつかむ。
隠れる場所がここしかないんだ、頼む、盾になってくださいよ……。
「いや、あの……」
「もしかしてさっきの話に繋がってんのか?」
おい、余計な事言うな! の代わりにぎろりと睨んでみたが、全く通じていない。
「さっきの話?」
意味深にも聞こえるジャンの言葉に、レオとナターリヤは首をかしげた。同じタイミングで首がこてんとなって、慌てる冷静な私とは別に、レオナタオタクの私は脳内で悶えていた。情緒不安定かよ。
「コイツ、お前ら二人が『オニアイ』だったから草葉の陰から見守ってたんだとよ」
じたばたと手足を動かし、ジャンの魔の手から逃れる。すぐさま振り返ると、ジャンの胸倉に掴みかかるような勢いで詰め寄った。あと草葉の陰って私、死んでないが!?
「ぎゃ! い、言わないでくださいよ!」
まじで余計な事言わないで! 私は平和に遠くから推しカプを見つめているだけでいいの!
と、言うわけにもいかないので、代わりに手触りの良いローブを思いっきり握りしめた。
「言った方がいいだろ? 誤解も晴れるし」
「はー!? プライバシーは!? 上流貴族だからってやっていいことと悪いことがありません!?」
「おめーに言われたくねえよ。てか上流も下級も関係ないわ」
テンポよく言い返されるので、つい頭に血が上った。レオナタがすぐそばにいるなんてすっかり抜け落ち、つま先立ちになってジャンに抗議する。
向こうも癪に障ったのか、壁から背中を離し、背中を丸めて見下ろしてきた。互いに見つめ合ったまま、表情をゆがめて威嚇する。
「しょ、初対面~!」
「お互い様だろ」
まるでそりが合わない。根暗とネアカが仲良くなれるなんて思ってないけれど、まさかここまでとは。
「ぐぬぬ」と漫画顔負けの唸り声をあげ、にらめっこのような威嚇を続けていると、レオのやわらかい声が仲裁した。
「まあまあ、落ち着いて」
レオはさりげなく私たちを引き離すと、手のひらを向けて紹介し始めた。
「ジャン、彼女だよ。クリスマスパーティーで僕らを助けてくれたのは」
ジャンが大きく目を開いた。しかしすぐに不審そうに目を細めた。
「……コイツが?」
まるで品定めでもしているような目で、私を頭のてっぺんから足のつま先まで私を見下ろす。
私だって自分でも信じられないんだし、ジャンなんてもっと信じられないだろう。そこは気が合ってるわ。
「ええ。わたくしも証言いたしますわ」
「マジかよ」
ナターリヤの言葉を聞き、ジャンは額に手をあてる。眉をしかめたジャンは「んー」と声をあげると、レオによって引き離れた距離をたった一歩で詰め寄った。
「それは、俺も礼を言わなきゃなんねえな」
「ん?」
私を見下ろしていたジャンの纏っていた空気が一瞬で変わる。威嚇する相手が正気に戻ったので拍子抜けしていた私をよそに、ジャンは右手を胸元に添えて目の前にひざまずいた。
「え、あ、あの……」
「我が主の命を救ってくださり、ありがとうございます」
言い争っていたジャンが年相応の彼だとしたら、目の前に居るジャンは騎士としての彼なのだろう。原作でもジャンルートではすぐに人を信じる無邪気なジャンが描かれていて、レオルートでは王子の側近としての側面が描かれている。そのギャップもまた人気であるゆえんだが、たまたまゲームではルートによって見せる顔が違っただけ。
誰しもいろんな一面を持っているのは当然だ。今、目の前で生きているジャンは、やれギャップ萌えだの本音と建て前だのと分類することは出来ない。
……不意打ちだったし、ちょっとびっくりしたけれど。
「あの時、俺はバルコニーに居たから、人の波に逆らえなくてなかなかたどり着けなかった」
ジャンがうつむくと、ローブに深い皺を刻み込んだ。力みすぎて震える右手に、後悔の重さを感じる。
ジャンルートでもクリスマスパーティーのエピソードはあった。確か人混みに酔ってバルコニーで風にあたっていたはず。とっかえひっかえに声をかけられて休む間もなく、空腹のまま香水や食事の匂いにあてられたとルーチェの前でネクタイを緩めるスチルはよかった。
「お前のおかげでレオもナターリヤも無事だ。ありがとう」
顔を上げたジャンが優しく微笑む。レオとナターリヤを心の底から慕う気持ちがにじみ出ていて、息を飲んだ。
背が高くて、威圧感があって、ちょっと口が悪いがたれ目で人懐っこい攻略対象。出会いが最悪すぎて忘れていたが、ジャンはレオへの忠誠心だけはどのルートでも無くさなかった。
ジャンが私に右手を差し出す。「手を取れ」と目で訴えてくるが、急かすような張りつめた雰囲気は無い。おそるおそる手を添えると、手の甲に唇が落とされた。
(レオとジャンの絆、エモすぎる……)
もはや言い争いまがいをしていたことなんて、すっかり頭から抜け落ちていた。私と言う媒介を通してレオへの忠義を見せつけられ、ジャンの好感度爆上がりと言う事実だけが頭の中にあった。あとジャンレオもしくはレオジャンの腐女子への理解度が一万ぐらい上がった。
ついさっき生きている人間にはいろんな側面があるから分類なんてできないとか言っていたお前、私。ギャップ萌えは存在する。これは側面とかそういう話じゃない。才能だ。
ちゅ、と音を立ててジャンの唇が離れた。えっちかよ。
(落ち着け……。鼻息荒くならないように深呼吸……)
イケメンから手の甲にキスって、夢女だったら発狂してると思うんだ。残念ながら私は腐女子に思いを馳せてしまって何も感じてないけれど。
脳内はすでに無我の境地に達しているが、傍から見れば私がジャンの行動にフリーズしたように見えているらしい。ぼんやりしているとレオから「大丈夫かい?」と声をかけられた。私は奇声をこらえるのに必死で、無言で首を縦に振るだけだった。不敬でごめん。
「そうだ、僕もまだお礼を言えていなかったから……」
春風のようにおだやかな声にはっとした。「お礼」って言いましたよね?
BLで盛り上がっている場合ではない。我に返り、早急に手を引っ込めると、礼を述べようとするレオの言葉を遮った。
「あ、いや、もう結構です! 王子のお言葉を遮ってしまって大変申し訳ないのですが! 昨日今日で私、一生分謝罪とお礼を言われたので!」
昨日のアメリアとナターリヤのお礼だけでもお腹いっぱいなのに、今日もルーチェやジャンにも言われ、レオにまでお礼を言われたら胸やけしてしまう。前世でもこんなにお礼言われたことないよ、アラサーで社畜してたはずなのに。「出来て当たり前でしょ」が染みついているせいで、お礼を言われなれていないせいかむずむずしてしまう。
両手を突き出し、壊れた人形のように首を左右へ小刻みに振り続ける。よく言えば奥ゆかしい日本人ゆえ、大げさに遠慮している。
「あの、さっきジャン様がおっしゃったように、私はお二人が仲睦まじいお姿を拝見するだけで命かけた甲斐がありますので! 大丈夫です!」
さっきまでエモさのキャパオーバーで凪いでいたはずの心が動転している。気づけばぽろぽろと余計なことまで口から出していた。
「これからもお二人を遠くから眺めているだけで私は幸せなので! ご結婚を楽しみにしています!」
そうよ、もともと関わるつもりなかったはずなのに。なんで新学期になってから、なんでこんな立て続けにメインキャラと絡んでるんだ私は。
明日から元通り、レオナタを一定の距離を保って見守ろう。そうだ、それがいい。
気づけば三人とかなり距離を取っていた。奥ゆかしいあまり、知らず知らずのうちに逃げ腰になっていたらしい。
三人の反応が無いので視線を上げてみると、三人三様で呆気に取られていた。
「あははは! アップルシェードさんってこんな面白い人だったんだね!」
一拍をあけ、レオが大きな口を開けて笑い出す。涙を浮かべて腹を抱える姿に、張り詰めていたこっちの力も抜けてしまう。
「お前、変なヤツだな~?」
「からかいがいのある方ですわね……ふふっ……」
ジャンは頭の後ろで手を組んで呆れた風な言い方をしているが、表情はおだやかだ。
ナターリヤは声を漏らさないよう必死に取り繕っていた。三人の様子を見るに「まじもんのヤバいヤツ」認定からは逃れられたようだ。よかった。
ついでにナターリヤの笑いをこらえる差分が欲しいです。運営、見てるか運営! 早くこの差分を作るんだ!
しばらくして呼吸が落ち着いてきたらしい。特にレオがひぃひぃ言っていたが、ナターリヤを気遣うぐらい余裕ができていた。
「遠くから、なんて寂しいことを言わないでほしいな?」
「そうですわ、せっかく知り合ったわけですし」
からかうようなニュアンスを含んでいるレオと、拗ねたようにナターリヤが唇を突き出した。
「え、なにそれ、反則……かわい……」
ぽつりとつぶやくと、視界の端ではジャンが笑いに耐えられずしゃがみこんだ。
「アップルシェードさんはナターリヤが大好きなんだね」
ほがらかに笑っていたレオが「あ」と何かを思い出したようだ。
「ルーチェとはずいぶん親しくなっていたよね?」
「あら、ルーチェとは友人になったのに、わたくしとはなれないのかしら?」
ん? どういうことですか? っていうかこれどういう流れですか?
「え……と?」
首をかしげる私に、ナターリヤが爆弾を投下した。
「ぜひわたくしとも友人になってくださいな、エリン」
衝撃の発言に、宇宙猫改め宇宙エリンになった。
都合のいい夢ではない? 大丈夫? いつの間にか夢小説書いてたとかないよね?
あまりのインパクトに、私は目を剥いたまま立ちつくした。
視界の端では男二人がずっと笑い続けている。もうどうにでもなってくれ。
「返事は?」
扱いに慣れてきたのか、ナターリヤも私をからかいだす。
つり目なんて全く気にならないぐらいにっこり笑って返事を促す姿は、どんな作品の悪役令嬢よりも可愛いに極振りしてる。この推しが可愛いオブ・ザ・イヤー受賞する。
何より、ナターリヤがこんな表情豊かに笑いかける相手が私だと言う事実が信じられない。本当に。
「よ、よろこんでェ!」
シナプスがギリギリ繋がっている脳では、居酒屋のホールみたいな返事をするだけでいっぱいいっぱいだった。
その後残りの昼休みは、ナターリヤにからかわれ続けた。全部ファンサ、ありがとう世界。ありがとう推し。こんなに昼休みが終わってほしくないと思ったのは、前世を含めても今日が初めてだった。
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