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「に、い、さ……ちょっ、何……」  離してほしくて腕を引き戻そうとするが、卯月はそれよりも強い力で葉月を引き、二階の自室へと連れてきた。葉月の体を放り投げるようにベッドへと離すと、すぐにその体の上に馬乗りになる。 「な……何、兄さん……おれ、もう帰る」  ぐい、と卯月の胸を押すがそれはびくともしない。こんな時だけは華奢なオメガの体を呪ってしまう。 「あの女と結婚しろよ、葉月。母さんは子どもを作れ、なんて言うがそんなことしなくていい。結婚するだけで、体裁は保てるんだ。形だけの夫婦を演じながらこの家で暮らして、俺と番うんだ。子どもはお前が産めばいい」  その言葉に葉月の背中が震える。 「それ……もしかして、あの人も……」 「知ってる。両親を騙しながら生活してもらう代わりにその分の給料を払う約束だから」  卯月の考えが怖くて、葉月は何も答えることが出来なかった。そんな、人生を売るようなことを彼女が了承したというのか。葉月なら絶対に嫌だ。 「彼女がなんと言っても、おれは兄さんとは番わない」  どんなに理解できないことを言われても、それだけははっきりと言える。葉月は卯月に強く言い、思い切りその胸を押した。その途端、両の手首を掴まれ、ベッドへと縫い付けるように押さえ込まれた。 「葉月は俺が幸せにする。葉月がオメガだと分かった時から、それは決まっていることなんだ。葉月は世間ではアルファなんだ、番う相手なんかいないだろう?」 「それでも、兄さんとだけは番わない!」  葉月が卯月に噛みつくように返す。すると、卯月の表情が険しく変わった。その瞬間、葉月の頬に衝撃が落ちる。その勢いが強くて、葉月はベッドから転がり落ちた。頬に痛みと熱が遅れてやってくる。 「は、づき……ごめん、殴るつもりはなくて……葉月が、ワガママを言うから……」  卯月にとってもこの行動は予想外だったのだろう。動揺してこちらにゆっくりと近づく卯月を、葉月はただじっと見つめた。 「葉月の可愛い顔を……ごめん。謝るから、葉月もそうして? もうワガママ言わないって、兄さんのものになるって、言って?」  焦点の合わない卯月の目が怖かった。葉月はその目から顔を逸らす。 「そんなこと、言わない……」  葉月は立ち上がると、慌てて卯月の部屋を出た。階段を駆け下り、そのまま玄関を出る。外は既に暗くなっていて、見上げた空はどんよりと雲を広げていた。  葉月は走りながら、自分の頬に触れた。痛いし、口の中は血の味がする。あんなふうに卯月に手を挙げられたことは今回が初めてだが、あのまま体を奪われ、無理に番われるよりはずっといい。そう思うけれど、葉月の視界はじわりと歪んでいった。  母親は無理に結婚しろと言うし、兄は自分と番えと言う。結局二人とも自分のことしか考えていない。元々、家族に救いを求めることは諦めていたが、こんなにも自分を追い詰めるものになっていたことが、悲しかった。  走っていた足をゆっくりと止め、上がる息を抑えながら、葉月は上着のポケットに手を入れた。中に入れていたスマホを取り出す。  卯月から何度も着信があったが、それは無視して、メッセージアプリを開く。そこにある帝の連絡先を思い切ってタップした。  今、この不安な気持ちを救って欲しいと思えるのは、何故か家族でも旧友でもなく、まだ知り合って間もない帝だけだった。
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