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コンビニで弁当を買ってから部屋に帰って来た葉月は重い体をダイニングチェアに投げ出してため息を吐いた。
久しぶりにフルタイムで働いたこともあるかもしれないが、帝のことが頭から離れなかった。昨日、帝のことを思いながらあんなことをしてしまって、今日は恋人がいることが分かって、皮肉にもそれで自分の気持ちが分かって――けれどあの光景は、帝は絶対に自分のものにはならない、と戒められたような気がした。
分かっている。帝は友達だ。自分のものにはならない。その事実が苦しかった。
「……発情期、近いせいかな……」
葉月は発情期が近づくと体調もだが、メンタルが弱くなる。きっとそのせいで、感情が落ち着かないのだろう。発情期が明ければ、笑顔で帝に恋人を見たことを話すことが出来るはずだ。この気持ちだって、きっといつか消すことが出来る。
とにかく今は食べて寝て、他の事――仕事のことなんかを考えた方がいいだろう。
そう思い、葉月は弁当を手に、部屋の隅にあるデスクへと移動した。弁当を食べながら、今週の新刊を把握したり、新聞や雑誌で取り上げられた本がないかパソコンでチェックしようと思ったのだ。ノートパソコンの電源を立ち上げ、デスクトップを開く。
そこにはやはり、ファイルがひとつしかなかった。けれどこれが見れたら何か分かる気がする。
葉月はマウスを握り、そのファイルをクリックした。パスワードを求める表示が出る。
「おれの誕生日……じゃないか」
今日話題に上がったので何か関係あるかと思ったが違うらしい。他に自分が鍵を掛けるようなワードが見つからない。
「……今日は帝さんのことしか考えてなかったしな……」
そんなわけないと思いつつ、ここに吐き出して忘れるのもいいかと思い、葉月は「mikado」と入力する。そのままOKボタンをクリックした。
「……開いた……」
ファイルが開き、葉月は驚いた。中には、画像ファイルが入っているようで、葉月はドキドキしながらそれを開く。
そこには、自分と帝の写真が何百枚と入っていた。葉月はそれを一枚一枚、ゆっくりと見ていく。
どうして自分はこのファイルに帝の名前で鍵を掛けていたのか。どうしてこんなにもたくさん、帝との写真があるのか。
分からない。分からないけれど、写真を見ながら、葉月は次第に涙を浮かべていた。
「なんで……」
次から次へと溢れてくる涙を葉月は手のひらで拭いながら呟く。
どうしてこんなに切なくて苦しい気持ちになるのか。どうして涙が止まらないのか。どうして自分は鍵を掛けてまで帝との写真や動画をしまい込んでいたのか。
分かるのは、帝の言う自分との関係がやはり本当ではなかったということだけだ。一番の友人なんていう距離じゃない。
葉月は歪む視界の中、ひとつの動画ファイルを開いた。スマホで撮っているそれは、イルミネーションを見に行っている時のようだ。
『キレイだね』と言う自分の声が入る。キラキラのイルミネーションからカメラが動き、コートを着た帝が映る。こちらがカメラを向けたと気付いた帝は照れたように笑って口を開く。
『君の方がキレイだよ、とか言って欲しい?』
『君が一番キレイだよ、でしょ?』
そんなことを言って笑い出す自分の声と、それを笑顔で見つめる帝が映り、そこで動画は切れる。
「こんなやり取り……友達でする、か……?」
少なくとも、前の自分も帝に恋をしていたのではないか。誰にも秘密の恋だから、こんなふうに鍵を掛けていたのかもしれない。
そう考えると、一気に感情が溢れてきた。辛い時帝に会いたいと思うのも、別れ際寂しく感じるのも、彼女の存在を知ってひどく落ち込んだのも、帝が好きだから――その気持ちは今も変わってないのだろう。
「おれ、もしかして……一人で死のうとしてたんじゃ……」
性別すら明かせない、永遠の片想いが辛くて死のうとした――そう考えた方が、思い出せもしない『すず』と心中しようとしたと言われるよりよほどしっくりきた。きっと彼女の存在は、家のために急遽創られた架空のものだ。市倉家の人間が、アルファへの片想いが辛くて自殺しようとした、じゃ体裁が悪い。せめて同情を誘うようなものでなければいけなかったのだろう。
なんだ、そういうことか、と葉月は大きくため息を吐きながら天を仰いだ。その途端、引っ込んでいた涙がまた溢れてきた。
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