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 その数日後、葉月は仕事を休み、部屋の中で過ごしていた。葉月のヒートは一週間ほどで、薬でコントロールできるほど軽いのだがどうしてもやり過ごせない時もある。今回がまさにそうで、やっぱり先日の帝への想いを再確認して、ひどく落ち込んでメンタルが弱っていたせいだろう。 「……だる……」  性的な衝動を抑えるために強い薬を飲んでいるが、副反応でとても体が重かった。ベッドから出たくなくて、ただ丸くなって眠っていると、ふいに部屋のインターホンが鳴った。  今日は出られません、無理です、と心の中で謝り、動かずにいたのだが、今度は枕元のスマホが着信を告げた。画面を見ると卯月の名前がある。もしかしたら、今玄関に居るのは卯月なのかもしれない。  無視することも考えたが、逆に面倒になりそうで仕方なく葉月は着信を取った。 「兄さん? おれ、ちょっと具合悪くて……」  用なら後で、と言おうとすると『部屋の前に居る』と電話の向こうから声が響いた。その途端、葉月の背筋が凍る。 「会わない」 『……管理会社に電話をしよう。弟が部屋で倒れているようだ、と言えば開けて貰える。葉月がどう思っていようと、俺とお前は血の繋がった兄弟なんだ』  だからこのドアを開けることは簡単だと言いたいのだろう。葉月は諦めてベッドから出た。強いめまいが葉月を襲い、それでも壁伝いに玄関へとたどり着く。 「兄さん……これ以上は兄さんに近づけない」  ドアを開けずに葉月が言う。ドア越しでも兄の絡みつくようなフェロモンの香りが届いていた。発情期なので薬で抑えているといっても鼻だけは利いてしまう。葉月の場合はそれが辛かった。 『どうして? 発情期なんだろ? ちょうどいいじゃないか』 「嫌だ」 『……このドア、壊そうか。どうせ直せるんだ、いいな?』  向こう側からガチャリとドアが乱暴に引かれる音がして、葉月はため息を吐いてから、ドアの鍵を開けた。その瞬間、卯月が部屋に入り、そのまま葉月を玄関に押し倒す。 「な、に……」 「薬、飲んでるのか。いつもの葉月のいい香りがしない。薬が切れるのはいつだ? 夕方には切れるか?」 「何言って……用がないなら、帰って」  退けてよ、と卯月の胸を押すが、その体は動かない。葉月は卯月を睨み上げた。その顔が心なしか嬉しそうに歪んだ。 「このまま葉月とセックスしてたら、いずれ薬も切れるか。そうしたら、お前のキレイなココを噛んでやるよ。そうして、多木くんと形だけの結婚をして、一緒に暮そう」  何も心配ない、と卯月が葉月の項を撫でて近づく。キスの予感に、葉月は咄嗟に顔を背けた。けれどすぐに頬を乱暴に掴まれ、無理に前を向かされる。 「お前に拒否権はないよ、葉月」  鋭い視線を向ける葉月に、卯月は微笑みながらキスをした。唇に力を入れる葉月など、気にしていないように唇を舐め、頬に首筋にとキスをしていく。葉月の肌が嫌悪でわなないた。  このまま卯月に体を明け渡すのは絶対に嫌だった。でも、具合の悪さも手伝って、卯月を跳ね除ける力もない。  自分の身を自分で守ることもできない、それが辛くて悔しくて、自然と涙が溢れてきた。  ずっ、と洟をすする音が聞こえたのだろう。パジャマのボタンを開け、その肌にキスをしようとしていた卯月がこちらに顔を向けた。 「泣かなくていい。乱暴にはしないから、怖がることもない」  初めてでもないだろう、と卯月が葉月の頬に触れる。 「……いや、だ……おれは、あの人じゃないと……」  葉月がそう口にすると、卯月の表情が険しくなった。 「あの、人? 誰だよ?」  聞かれても答えられない。どうせこちらの片想いだ。永遠に叶うことのない恋の相手の名など口には出来ない。 「言えない。けど、兄さんじゃない。兄さんには抱かれたくない!」  噛みつくように葉月が返す。その瞬間、卯月の手がこちらに飛んで、強く頬を打った。したたかに床に頭をぶつけ、葉月が軽いめまいを起こす。それでも、逃げるなら今しかないと、卯月の体を押し、這うように玄関のドアの取っ手に手をかけた。 「逃がすかよ!」  卯月が葉月の足を掴み、引く。葉月は強く取っ手を握ったが、ついに指先がそれから離れた、その時だった。  ガチャ、とドアが開き、たたきに外の光が差す。葉月は這いつくばったまま、顔を上げた。 「……いくら兄弟でも、オメガを無理に抱くのは犯罪です。今すぐやめなければ、通報しますよ」  冷静に言いながら、自身のスマホをこちらに向けているのは帝だった。外の光を背中に受け、半ば神々しいその姿は、葉月にとって、本当に神様に思えた。厳しい顔で葉月の後ろを見つめている。きっと卯月を見ているのだろう。しばらくすると、背後で舌打ちの音がして、足から手が離れる。葉月はその途端、壁際に後退り、膝を抱えて丸くなった。 「……また来るよ、葉月」  卯月の声が聞こえ、ドアが閉まる音が響く。しん、と静かな空間が戻って、葉月は小さく息を吐いてから顔を上げた。その途端、また息を詰めることになる。  卯月と一緒に出ていったと勝手に思っていた帝が目の前に居たのだ。 「み、か、ど、さん……」  葉月の目の前にしゃがみ込み、こちらを優しい目で見つめている。そんな帝がゆっくりと口を開いた。 「僕も怖いか? もし、大丈夫なら……手当てだけでもさせて欲しい」  そう言って帝が葉月の頬に触れる。葉月の肩がびくりと震えた。それを見て、帝の手が葉月から離れていく。 「……もう、帝さんにはバレてるんですね……おれが、オメガだって」  葉月が帝の顔を見つめる。その顔が困った表情になり、それから頷いた。 「ここは体が冷える。中に入ろう」  帝がそっとこちらに手を伸ばす。葉月はその手にそっと掴まり、立ち上がった。
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