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ダイニングテーブルを挟んで向かいに座った帝が葉月の頬に冷却シートを貼る。腫れそうだね、と言われ、葉月は、平気です、と自身の頬に触れた。
「ありがとうございます……助けていただいて」
葉月が頭を下げると、うん、と帝が頷いた。
「偶然でも、良かったよ。本屋に行ったら、今日は体調崩して休んでるって聞いて、少し心配で」
差し出がましいとは思ったんだけど、とダイニングテーブルに置いたままの紙袋に視線を向ける。帝が持ってきてくれたものだ。中にはレトルトのお粥やフルーツの缶詰が入っている。葉月が発情期の時に食べられるものは少ない。その少ないものが入っていて、葉月は驚いたと同時に嬉しかった。
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから……」
いつ薬が切れるか分からない。アルファである帝を巻き込んでしまうかもしれないと思ったら、すぐにでも帰ってもらう方がいいだろう。帝は葉月の言葉の真意を理解してくれたようで、そうだね、と椅子から立ち上がった。その瞬間、小さな風が巻き起こる。ふわり、と帝の香りが葉月に届く。
とくん、と心臓が小さくざわめいた。そのざわめきが波紋を広げるように全身の血が温度を上げる。まだ薬が切れるには早い。けれどこれは間違いなくヒートの症状だ。
葉月の変化に帝も気づいたのだろう。辛そうな表情でこちらを一瞥すると、帰るよ、と歩き出した。葉月はそれに頷いて段々と熱くなる体を両腕で抱きしめた。ぎゅっと目を閉じていると、玄関からドアの開く音が聞こえた。そして閉まる音。
帝が帰ったと思うと、急に体から力が抜けた。椅子に座っていることも出来なくて、床に崩れるように倒れ込む。荒くなった呼吸を抑えるように膝を抱えてじっとしていた。
しばらくして落ち着いたら一度吐き出して薬を飲もう。それから眠れば明日にはきっと――そんなふうに考えていると、頭上から、市倉くん、と呼ばれ、葉月は驚いて顔を上げた。
「……帝、さん……」
「やっぱり辛いんじゃないか。薬は? ベッドまで運ぶから、掴まって」
帝が傍にしゃがみ込んで手を差し伸べる。
どうして戻ってきてしまったんだろう。こんな自分、放っておいて欲しかった。自分のものにはならない、その手は要らない。自分が惨めになるから、余計悲しくなるから。
それでも――
「帝さ……助けて……」
愛しいその手に縋ってしまう。
葉月が帝に手を伸ばすと、帝はそれを取ってそのまま葉月の体を抱き寄せた。
「大丈夫、すぐ治まるよ」
優しく葉月の背中を撫でてから、葉月を抱き上げる。寝室のドアを開けて葉月をベッドへ降ろすと、サイドテーブルに置いていたピルケースに手を伸ばした。
「薬はこれかな? すぐ飲める?」
「嫌、です……帝さん、がいい」
帝の手を掴み、首を振る。きっとこんなに冷静なのだから、帝はあらかじめ薬を飲んで来てくれているのだろう。帝の中で葉月の体調不良の理由が病気ではなく、発情期なのではないか、という可能性も考えていたのかもしれない。帝は葉月がオメガだということを知っていた。
そんな帝に縋っても抱いてなんてくれないと分かっている。それでも、どんな理由でもいいから、帝に抱かれたかった。
「……無理だよ、市倉くん。僕は君を抱くことはできない。しちゃ、いけないんだ」
帝が切ない顔をして首を振る。
その答えに、いつか見た女性の顔が思い出された。帝には彼女が居る。自分なんかに触れるなんて出来るはずない。分かっていたのに、実際に言葉にされると辛かった。
「……帝さんが、好きなんです……好き……帝さんに抱かれたい……」
帝の手を引いて、それを胸に抱きしめる。体が熱いことと、帝からの言葉が悲しくて泣きながら、好き、と繰り返していると、帝は葉月から手を引き抜いた。
やっぱりこうされるのも嫌だったのかも、と顔を上げると、帝は乱暴にベッドへと乗り上げた。
「市倉くん、向こう、むいて。手伝うから……自分でして」
「え……」
帝は葉月の体を後ろから抱きしめた。その強くて温かな腕に葉月は少し安堵する。それから小さく頷いて、下着の中へと手を入れた。
自身の手で既にドロドロに濡れている中心を包み込む。
「好きなように動かしてごらん。全部、見ててあげるから」
「はい……帝さん……好き……ん、好き……」
自身を扱きながら葉月がうわ言のように好きと繰り返す。
「うん、大丈夫……上手だよ」
帝は葉月の腰を両腕で抱きしめたまま耳元で優しく囁く。葉月はそれだけでぞくぞくと肌がわなないた。
「ん、だめ……すぐ、いっちゃ、う……」
元々ヒートの時はいきやすくなる。好きな人に囁かれながら自身を慰める行為は、頭の芯がぐらぐらと煮えそうになるくらい、熱くて心地よかった。
「いって。大丈夫だから、吐き出しちゃって」
「んっ――!」
葉月の体が細かく痙攣する。手の中にどろりと熱い飛沫が吐き出されたことを感じ、葉月はそっと後ろを振り返った。
「巻き込んで、すみません……」
体の熱が引くのと同時に理性も戻ってくる。葉月は急に恥ずかしくなって俯いた。そんな葉月の頭を帝が優しく撫でる。
「気にしないで。今のうちに薬を飲もうか。それからぐっすり眠るといい。不安なら、眠るまで居るから」
「はい……」
薬の用意をするよ、と帝がベッドを降りる。離れていく腕に寂しさを感じながらも、今この瞬間だけは彼女から帝を奪えたような気がして、嬉しくて、同時にそんなことを思う自分を嫌悪していた。
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