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「相変わらず仕事早いですね、袖崎さん」  こちらに戻って来た袖崎に牧野が微笑む。牧野はこの店にも仕事でよく来ると言っていたので袖崎ともよく話すのだろう。 「市倉くんほどじゃないですけどね」  頑張ってますから、と袖崎が笑い、空になったブックトラックを押して歩き出す。葉月と牧野もその後に付いていくように歩き出した。 「大変だったね、市倉くん」 「……そう、なんですよね、きっと。全然覚えてないから、周りが思うほどダメージないんですよね」  葉月は素直に答える。どうしても離れたくない恋人と自殺を計って失敗、自分だけが生き残るだなんて、聞くだけならかなりの生き地獄だ。けれどその実感は葉月にはない。 「そっか……不幸中の幸いって、こういうこと言うのかな? 記憶戻るといいねって、簡単には言えないね」  袖崎は少し悲しそうな顔をして言う。葉月は逆に笑顔を向けて、そうですね、と答えた。  葉月を知っている人は、今の葉月にとても優しい。きっと自分が不幸の真っただ中にいるからだろう。だからこそ、葉月は笑顔でいることにしていた。  いつまでも心配をかけるわけにはいかない。  袖崎はバックヤードにブックトラックを戻してから、その脇にあるドアを開けた。そこがこの店の事務所のようだ。 「市倉くん、仕事思い出したいなら、とりあえず事務作業してみる?」  袖崎が狭い事務所の机にあるパソコンを開く。キーボードに触れ、それから、どう? と葉月に視線を向ける。 「そう、ですね。やってるうちに思い出すかもしれないし」  葉月が答えると、袖崎が頷く。それからパソコンの傍に置いていたタブレットを取り出した。 「市倉くんが一番嫌いだった返本作業でもしようか」  袖崎が手にしていたタブレットを差し出す。その様子を見ていた牧野が小さく笑った。 「市倉くん、よく箱の切り替え忘れてたよね」 「伝票出し直したくなくて無理に箱詰めして怒られたって言ってたこともあった」  袖崎の言葉に牧野が頷いて言葉を足す。葉月にはそれは新鮮な情報だった。 「そうなんですか?」 「市倉くんはこういう地味で単調な作業が苦手なんだよね。接客はお礼メール貰うくらいすごいんだけど」  袖崎が言いながら牧野を見上げる。 「それが市倉のいいところです」  牧野の答えに、私も見習わなきゃな、と袖崎が笑う。それから、接客といえば、と葉月を見上げた。 「常連さんと仲良くなったりしてたけど、上村さんとは、もう会った?」  帝との関係は袖崎も知っているらしい。それだけ仲が良かったということなのだろうか。葉月は思い切って聞いてみようと口を開いた。 「少しだけ会いました……その、帝さんとおれって、そんなに仲良かったんですか?」 「良かったよー。親友っていうか、兄弟みたいだった。もしかしたら毎日会ってたんじゃない?」 「毎日……」  帝の口ぶりだと、そこまでの仲ではなかったように感じた。友達のうちの一人、というような言い方だったから、そうなのだろうと信じたけれど、もしかしたら違うのかもしれない。帝はまだ何か隠しているのかもしれない。 「また、会ってみたらいいんじゃない? 思い出したくないこともあるかもしれないけど……その時はきっと、上村さんも支えになってくれると思うよ」  私も牧野さんも味方です、と袖崎は笑うと、じゃあ作業手順教えるね、と倉庫に向かった。  葉月はそれに付いていきながら、もう一度帝に会う必要があるかもしれない、と考えていた。
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