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『都合のいい時に話を聞かせて欲しいです』  そんなメッセージを送った一時間後、帝から、終業後なら、と返信が来た。  葉月はそれにもちろん了承の返信をして、午後七時を過ぎた今、うえむらデンタルクリニックの入っているビルの前に来ていた。  ビルの壁にもたれ、葉月はスマホを取り出す。そこには、卯月からのメッセージが入っていた。  本当は見たくもないけれど返信をしないと今度は電話がかかってきてしまう。葉月は仕方なくメッセージを開いた。 『今日は家に俺しかいない。帰ってこないか?』  その言葉にぞわりと悪寒が走る。兄しかいない実家など怖くて行けるところではない。  今日は行かない、とだけ返信をして、葉月はため息を吐いた。  卯月が自分に対して兄弟とは違う感情を持っていると気付いてから、もちろん逃げたり躱したりしていた。  家を出た後も、兄は自分にこんなメッセージを日常的に送っていたのだろうか。もしかして、今葉月が暮らしている部屋の場所も知っているのだろうか。そう思うと、少しだけ身震いした。その時だった。 「市倉くん?」  そんな声が届き、葉月は顔を上げた。  黒のパンツにブイネックのシャツ、その上にはジャケットをはおる帝がすぐ傍に立っていた。葉月は慌ててスマホをポケットにしまい込んだ。 「き、急にお呼びしてすみません」  葉月が頭を下げると、帝は優しい笑顔を作って、大丈夫だよ、と答えた。  やっぱり帝の口から出る大丈夫という言葉は、本当に安心する。きっと記憶をなくす前の自分もこの言葉が好きだったに違いないだろう。 「話を聞かせてって言ってたけど……そんなに僕から話すことってないんだよね」  帝はそう言いながら歩き出した。葉月も慌ててそれに付いていく。 「何でもいいんです。二人で何をしてたとか、どこに行ったとか、どんな話をしてた、とか……」  葉月がそう言うと、帝は少し悩んでから、そうだ、と葉月の顔を見やった。 「じゃあ、僕と市倉くんが初めて一緒に出掛けたところへ行ってみようか」 「初めて出かけたところ……はい! お願いします!」  葉月が思い切り頭を下げると、帝は、行こうか、と微笑んだ。 帝の車に二人で乗り込み、三十分ほど走ると、帝は道沿いにある小さな駐車場へと車を停めた。もうすっかり陽も落ちているせいか、他に車はいない。 「ここだよ、君と初めて来たところ」 「……海、ですか……」  駐車場の向こうに広がっているのは、漆黒に染まる海だった。フロントガラス越しに見るそれは、少し怖い気さえする。 「来たのはもう少し早い時間だけど。夕日がとてもキレイだったんだ」  帝はそう言うとエンジンを切ってシートベルトを外した。 「降りてみていいですか?」 「もちろん。浜辺まで行ってみよう」  帝は微笑んでドアを開けた。葉月もそれに倣うように外へと出る。寒さを運ぶ秋の乾いた風が葉月のシャツをはためかせた。 「寒くない? 市倉くん」 「はい、まだ……」  葉月が頷くと、じゃあ行ってみよう、と帝が歩き出す。駐車場の端にある階段を先に降りていく帝は手にライトを点けたスマホを持っていた。葉月が転ばないように灯りを点けてくれているのだろう。  やっぱり彼女がいないなんて、本当は嘘なのではないか。スマートにこんなことをされて、嬉しくない女の子はいないだろう。 そう思うと、なんだか胸の奥がモヤモヤした。以前は感じなかったのに、帝のカッコ良さや男としてのレベルの高さに、同じ男として嫉妬しているのかもしれない、と葉月は小さくため息をついた。
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