トロンボーンの音

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その楽器はきらびやかでそれなのにどこか儚げで、ササッと動くスライドが魔法のようで。 その楽器から出る音は僕の耳にまっすぐと届いた。 キラキラと反射した僕の目に写った楽器の名は「トロンボーン」だった。 「先生!僕トロンボーンが吹きたいです」 そんなことを言っても先生は聞いてくれない。 わかってるよ。 僕が馬鹿なことを言ってるんだって。 僕は透明人間だから、楽器を掴むこともできないんだって。 掴む権利がないんだ。 鏡に自分の姿が写った。 不透明でもう何かわからない。 目の周りにはこの前落書きされたメガネの跡が残っている。 トロンボーン、吹きたい。 僕は吹奏楽部の部室をそっと出ると、窓から飛び出した。 だけど、風の抵抗を受けてそのままふわりふわりと地面に落下した。 透明人間だから、軽いんだ。 僕はなんのために生きてるんだろう。 立ち上がる。でも、もう学校に帰りたくはなかった。 もう一回、窓から飛び降りることができたら。 自殺……。 ふわっと体が浮いた感じがした。 さっきの窓から飛び降りたときと似ている。 あれ、違う。 僕が地面を通り抜けたんだ。 フワ。 今まではこんなことなかったのに。 ふわりふわり。 地球の中心にはマグマがあるんじゃなかったの? 全然何も感じない。 するするするする。 体が何にも頼れない。 誰か…助けて。 痛みもなにも感じない。 ただ僕の耳に風を切る音が聞こえるだけ。 自分の体はどこ? 僕はなんだろう。 ふわふわ。 ずっと落ちている。 到達点はどこだ。 真下に宇宙が見えた。 息が苦しくなるということはない。 体は無重力によってその場に定着した。 動こうとしても僕は何もできない。 手を見ると不透明だったはずなのにいつの間にか何も見えなくなっていた。 本当に透明人間になってしまった。 自分の体にもさわれない。 僕は、心まで透明になるのを感じた。 もう何も考えることができない。 これが死ぬってことなのかな。 頭がふわふわになっている中で最期に考えたのはトロンボーンの音だった。 その楽器は地球のどこかで歌っていた。 ………… プーーーーーーー。 グシャ。 これは学校内で透明人間として扱われていた一人の男の子が、窓から飛び降りるまでに見た夢であった。 完
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