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十三
目黒の一等地にハダケンゾウという男が営んでいる画廊があった。孫小陽は自らも熱心な絵画愛好家で、よくこの画廊に足を運んでいた。ハダケンゾウは日本人には珍しく、ビックネームに惑わされない目を持った男で、その辺も気に入っていた。かなりの目利きであるこの男に贋作を売るのは難しいことは想像できた。しかし逆に言うと真作であれば必ず売れるという確信があった。他の画商に売ることも考えたが、口が堅いとは思えなかったし、第一国内でタザキノボルという画家の絵を評価できる人物を知らなかった。それにハダケンゾウという男は、どこか裏の人間に近い感覚を持っていて、犯罪がらみの美術品を扱うという噂も耳にした。実際に何度かいわく付きの小作品を持ち込んだが、快く引き受けてくれた。
ある日、孫小陽が目黒の画廊を覗くと他に客の姿はなく、ハダケンゾウがカウンターで一人、帳簿の整理をしていた。
「コンニチワ」
「孫さん、お久しぶりじゃないですか」
「チョット、本国ニ帰ッテオリマシタ」
「そうですか、また向こうで何か仕入れてきたんでしょう?」
孫小陽が目を細めた。
「ハダサン、ココダケノ話ニシテモラエマスカ」
ハダケンゾウの表情が強張った。
「孫さん、また何かヤバいもの?」
孫小陽が目を細めたまま、ハダケンゾウの表情を伺っている。
「わかったよ孫さん、誰にも言わないから一体何を仕入れたのか教えてよ。何だったらウチで手伝おうか?」
「ハダサン、タザキノボルトイウ画家ヲ知ッテマスカ?」
「ああ勿論だよ、実際に作品を見たことはないけどね。まさか孫さん、今回、それを仕入れてきたなんてこと言わないよね?」
「相場ハ、ドレ位ダロウカ?」
「ううん、そうだね、有名どころで五千万。未発表で三千万ってとこかな。だいたいあの画家の作品は少な過ぎるんだよ。高過ぎて国内のコレクターには手も足も出ない。でも海外には熱心なコレクターがいるって話だ」
「ハダサン、本当ニココダケノ話ニシテモラエマスカ?」
ハダケンゾウが唾を飲み込んで頷いた。
「実ハ、タザキノボルノ絵画ガ、モウジキ跳ネ上ガリマス」
眉間に皺を寄せた。
「どうして?」
「タザキノボルガ、パリデ急死シタカラデス」
思わず口を大きく開けた。
「え? 本当ですか?」
孫小陽の瞳の奥を覗き込もうとするが、目を細めたまま動かない。
「孫さん、何故そんなこと知ってるの? こっちじゃ全くニュースになってない」
ハダケンゾウが腕組みした。
「で、孫さん、あなたタザキノボルを持っているのかい?」
小さく頷いた。
「ちょっと待ってくれよ」
思わず頭に手をやった。希少価値のある画家が死んだとすれば恐らく市場価値は跳ね上がる。そんな思いが巡る一方、画家の死という情報と共にその絵画を持ち込もうとする男の背景に背筋に冷たいものが走った。今買えば、それが真作であれば大儲けできる。まだ実物を見ていないから何ともいえないが、過去の経験からして、こういうヤバい話の時はたいてい真作だった。高額な取引は何度も経験しているが腋の下が汗で濡れた。
「一度、実物を見てみないとね、何とも言えないよ」
「ソレハ、ソウデショウ。興味ガアレバ連絡クダサイ」
孫小陽が名刺を一枚手渡した。住所は歌舞伎町だった。
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