十七

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十七

 銀座の料亭。運転手付きの黒塗り高級国産車が路地裏に列をなしている。この辺りは老舗料亭が建ち並ぶ。築地市場にも近く庶民的な一面もあるが、夜はその表情が大人びる。歴史を感じさせる木造家屋を、人が見上げるほどの高さの塀が囲っている。中の様子をうかがい知ることはできない。一見の客を拒むかのような門構え、ぼうっと薄暗闇に行灯が浮かびあがる。銀座の夜の喧騒の傍らで、ひっそりと佇んでいる。  地方から上京した岩手県議たちが、落ち着かない様子で額の汗を拭っている。 「こっだな贅沢な場所、生まれて初めて来ただすな、さすが超一流の料亭、あだしらにはとでもとでも」 「まぁ、遠慮無くやってくれ給え。私も田舎生まれの田舎育ち。諸君とたいして変わらんよ」 「いえいえ、そんな先生とご一緒だなんてめっそうもない。ところで先生はどちらのご出身で?」 「福井じゃよ」  おおっと方々から声が漏れる。その理由はハヤシマサオの地元が日本で最も原子力発電施設が多いということもあるが、最近稼動し始めた新型の原子力発電所の話題で世間が賑わっていたからである。 「やっぱり新型の高速増殖炉は先生が誘致されたんでしょうか?」 「勿論だ。私の地元だけじゃないぞ、日本全国に私は原子力発電所を作ってきた。岩手県以外はな」  岩手県議たちが下を向いた。 「政治家は国民に利益をもたらさねばならん。地元の雇用を増やし、税収を上げ、それをまた地元に還元する。金をもたらせてこそ政治家と言えるのであって、タザキコウゾウのような口先だけの政治家は本物の政治家ではない。現に奴は資産家だか何だか知らんが、自分ばかり裕福な暮らしをしおって、何も生み出してはおらんのじゃないかね? 貧乏を知らぬ者が、貧しい国民の代弁者になどなれんのだよ」  思わず声を荒げた。  ハヤシマサオは北陸、福井県敦賀の漁村の生まれで、家は貧しかった。父は近海の船に乗る漁師で、母は素潜りをする海女だった。若狭湾でとれるウニやアワビを漁協に出荷して得られる収入と、父が乗る底引き網漁船での収入を合わせても生活は楽ではなく、口癖のように「ウチは貧乏だから」という言葉が行き交った。それでも町の小さな学校の生徒の大半が漁業や農業などの第一次産業に携わる家庭の子供たちで、その中にあってはたいして引け目を感じることはなかった。しかしマサオが福井市内の高校に進学した頃、父が体を壊して船に乗れないようになり、家計は火の車となった。母が海女として稼ぐ収入などたかが知れていた。そんな時、地元に原子力発電施設が作られることが決まり、マサオの父は原発作業員として地元の下請け企業に職を得たのである。そのお陰でマサオは大学を卒業し、福井市内の大手企業に入社したが、三十歳を過ぎてから地元代議士の私設秘書となり、その数年後に県議会議員に立候補し初当選を果たした。そして四十歳を機に国政へと進出したのである。ハヤシマサオ議員は徹底した電力業界擁護を貫いた。雑誌やテレビの取材でも「自分が今ここにあるのは原発のおかげだ」と公言して止まなかった。時代の流れも味方した。高度成長の波が原発関連施設の建設を後押しした。確かに一部の漁民や住民から反対の声があがった。しかしハヤシマサオの人生には説得力があった。人は誰もが貧困から逃れたい。マサオはそのことを誰よりもよく知っていて、反対派を含めた地元に多くの富をもたらすことで、反対意見をねじ伏せてきた。必要があれば黒い力も使った。政治家としての名声に伴って、金もまとわりついてきた。原子力関連企業から献金だけではなく、個人的なビジネスや投資、それに群がる得体の知れない奴らも増えた。自分がそんな裏側の世界に住む奴らを動かしていると思う反面、自分は政治家としてそんな者たちの食いぶちを確保するために動かされていると思うこともある。しかしそんな奴ら以外にも、地元には自分の父親のように原発関連施設で働くことで、一家を支えている者も多くいる。すでに父も母も他界したが、自分が地元に対して行ってきたことは今でも正しかったと思っている。
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