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形勢逆転
目の前では紫雲が熾烈な戦いを繰り広げている。リッチーから放たれる魔術を、その度に大量の妖力を消費して打ち消す。オルタやレヴィが倒れている場所が射線上に入らないように、常に大きく動き回り、接近してはリッチーのもつ刀の入った結界を破壊しようと爪を向ける。
そんな紫雲の妖力も段々と底が見え始めてきた。
紫雲の纏う炎の出力が、目に見えて弱まってきているのだ。このままいけば、本当にすぐに妖力が尽きる。そうなれば、いよいよ魔術に対抗する術をなくし、敗色濃厚……いや、必敗と言っても差し支えない。
さらに最悪なことに、リッチーは紫雲がレヴィたちの射線上に入らないように動き回っていることに気がついたのか、執拗に彼女らに向かって魔術を放つようになった。妖力の消耗が激しくなる。
『また、魔力を練っているのか?魔術師』
そうリッチーの声が低く響くと、オルタの周りに魔法陣が展開された。距離的に、紫雲が全速力で走って間に合うか怪しい。紫雲もすぐに彼の防御に回ろうとしたが、オルタのサインを見逃さなかった。
“上“
そう彼は人差し指を向けた。上を、上に行けと。そして、彼の意図を汲み取ったのか紫雲は跳躍して“ある一点“を狙った。
『諦めたか、魔術師——!』
魔法陣の光が強まり、魔術が射出される寸前だということがわかる。そんな状況でも、オルタは冷静だった。
“既に、魔術を防ぐ見立てがついていると言わんばかりに“。
『最上位合成魔術同時展開——『跳ねる光玉』』
「こいよリッチー、俺はお前を超えていく」
その瞬間、オルタに向けて光が射出される。紫雲を襲った時と同じ、強烈な衝撃が走る。
確実に仕留めた。そうリッチーが確信する。なんせオルタに魔力は残っていない。一枚の結界を張る余力が残されていないのだ。防御手段がない。仮に魔力を回復できていたとしても、まだ破壊されずに残っている封魔術結界の影響で満足に魔術を扱うことは叶わない。
それが、リッチーの見立てだった。
「最上位合成魔術二重展開——『黒雷撃槍』『白炎撃槍』!』
『んなっ……!?』
煙の中から現れたのは、魔法陣を両側に携えるオルタの姿だった。同時に治癒魔術も使用しているのか、体を淡い緑色の光が包んでいる。
一体なぜ? そんな疑問を頭に抱えながら、まるでエラーを吐き出す機械の如くフリーズしている。
リッチーが動揺しながらも、オルタの魔術を防ぎ、彼を注視すると、複数の結界が何重にも彼を包んでいるのが見えた。
『馬鹿な……!? 魔力は枯渇していた、それに封魔術結界も……!!』
「ばーか。それが甘いんだよ。俺もお前も魔術師だが、俺には“頼もしい仲間が二人もいる“。それが決定的な違いだ」
彼が口に咥えていたのは、“小さなガラスの小瓶“。内容物は既に飲んだのか、空になっている。
だが、それだけで彼が何を服用したのかは推測できた。
『まさか……魔力回復の水薬……“ポーション“か!』
「ご名答。収納魔術を開いて、取り出させてもらったよ。結果ギリギリまで魔力を練り上げるはめになったわけだが……死ななければ安いもんだ」
そう、彼が収納魔術から取り出したのは、魔力を即時回復する効果のある水薬——ポーション。
旅に出た直後、レヴィから預かった荷物に入っていたのだ。本来魔術を使うことのできないレヴィにとっては無用の長物ではあるが、彼女の真面目さがいい方向に働いた。念のため持ってきていたのだろう、オルタの分のポーションがあったおかげで窮地を脱することができた。
——収納魔術を開くのに必要な魔力はわずか。それでも得られるリターンはオルタの魔力全てと、お釣りが溢れるほどの起死回生の一手。
だが、それを実現したのはレヴィだけじゃない。
「間に合ったか」
「あぁ、バッチリだ。紫雲」
そう言うと、薄紫色の結界——封魔術結界が完全に崩壊した。
ステンドグラスに体当たりしたみたいに、粉々に砕け散って破片が地面へ落ちていく。
『貴様……いつの間に……』
「魔術師は、魔術を発動する際に集中を要するじゃろう?それならば、その男の狙いも、わしの動きにも鈍感になると読んだまでよ」
リッチーの魔術が発動する直前、オルタが指し示したのは“封魔術結界の核“。
封魔術結界は繊細な結界ゆえに、その結界の発動に基点が必要となってくる。その基点は、同時に“結界を維持する力の核“となり、封魔術結界の心臓にあたる。
その力の流れを、オルタは見事に読み取って見せたのだ。それに加えて、紫雲も同時に力が集中している点を見つけ出し、言外のコミュニケーションを可能にした。
そうして封魔術結界を破壊した紫雲が空から降り立ってくる。
「グレイブ流——『狼顎』」
そう叫んで、技を放つレヴィ。惜しくも、リッチーの結界を砕いて終わる。刃はその骨までには至らなかった。
『この不快な魔力は……!』
「私だよ、リッチー。オルタのおかげで傷も体力も回復した。無論、魔力もな」
『しかしその力……』
「あぁ、“負荷“のことか? それなら俺がレヴィに治癒魔術をぶん回してる。ガス欠や疲労で倒れることはもうないぞ」
封魔術結界が取り払われたことで垣間見える、魔術師オルタの本気。
パーティを底上げし、前衛の能力をフルに引き出し、最上位魔術すら同時に展開し戦うことのできる男。
これで、布陣が完成した。
弱くなりつつあるが、対魔術に十分有効な紫雲の妖力。
異常な魔力をものにして、魔術に対して最強となった剣士レヴィ。
封魔術結界という枷を壊し、魔力回復ポーションを手に持つオルタ。
完全に、形勢は逆転した。
——そう、信じたかった。
『最上位……否、“零位“魔術——『虚々刻々』』
そう唱えたリッチーの魔術は、オルタでさえも知り得ないものだった。
「一体何を——」
そういったオルタから、鮮血が生まれた。
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