魔術の王

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魔術の王

「嘘だろ……あのチビ、ギルド最上位の実力者に圧勝じゃないか。なんなんだ一体……」 「紫雲さんは文字通り次元が違いますからね……付喪神であり、剣の極地であり、何年も生きている……初撃を防いだだけでも素晴らしいことですよ。普通はあれで終わりですから」 「それだけ強いのなら、あいつに魔物討伐をさせればいいんじゃないか?そのほうが確実だし、効率的だろう」 「一応、紫雲さんは“魔物“という扱いになってしまってますからね……そもそも冒険者ギルドに登録ができないんですよ。それに、全ての討伐依頼をあの人に任せると他の冒険者の仕事がなくなってしまいますから」 「ふぅん……」 何かを考えるように、顎に手を添えながら紫雲を見つめる魔術師。今は這いつくばる女剣士の手をとって立たせようとしている。 「…………なぁ、あのチビを依頼に同行させることは可能か?」 「と言いますと、魔物討伐のパーティに紫雲さんを加えるということで?」 「あぁ」 「……正直、パーティとして依頼を受注することは無理です。ですが、パーティとして申請はせずに『たまたま居合わせただけ』のような屁理屈なら通りますよ」 「教えてくれるのはありがたいが……いいのか、そんな杜撰(ずさん)なシステムで」 「紫雲さんは特別ですよ。本来なら、一般人や無関係な人を魔物討伐に同行させるのはご法度です。……あ、でもギルドのお偉いさんには内緒でお願いします。紫雲さんのことを知らない方ももちろんいらっしゃるので、その方々に見つかったらどんな処遇があるのか……」 「じゃあ、それさえ守れば問題ないというわけだ」 そう言うと、魔術師はすくりと立ち上がって依頼書が貼られたコルクボードまで歩き、一つの依頼書を手に取った。確認するように見ると、丸めて紫雲の方へと向かっていく。 「おいチ……紫雲」 「ん、なんじゃ?」 「お前、魔術はどの程度のものまで斬ることができる?」 「愚問よの。斬れぬものなどありはせん。こと、この『雨切(あまきり)』においてはな」 「ならいいんだ」 そう言うと、ぺらりと手に持っていた依頼書を広げてみせた。 「む、なんじゃこれは?」 「これは魔物の討伐依頼書だ。お前のような悪き魔物を退治するよう依頼主から下される依頼だよ」 「それで、ここに書かれておるのは———」 「あぁ、魔術の王リッチーだ」 そう魔術師が言うと、気が飛んでいた女剣士が飛び上がった。 「リッチーだと!?」 「お、おぉう、なんだよ。もしかして、お前もこいつを狙ってるクチか?」 「それは、そうなのだが……」 「なら好都合だ。紫雲とお前でパーティを……って、そうだな……さすがにリッチーに剣士を連れて行くのはナンセンスか」 「待て、まさか、本当にリッチーに挑むつもりなのか?」 「そうだが……何か問題でもあるのか」 切羽詰まった表情で魔術師の肩を掴む女剣士。そんな彼女に困惑した彼は受付嬢の方へ視線を飛ばすが、気まずそうに逸らされてしまった。 「リッチーは……あいつはやめるんだ」 「どうしてだ」 「それは…………」 言い淀むように口を小さく動かしていると、くたびれたのか紫雲が横槍を入れる。 「待て待て!まだわしはその依頼とやらを引き受けるとも言っとらんし、そもそもリッチーとやらがなんなのかも知らんぞ!何を勝手に話を進めておる!」 「じゃあリッチーの説明からすればいいのか」 「それが常識じゃろうが」 「わかった」 頷くと、メガネをクイっと小さく上げた。 そして、地獄が始まる。 「そもそもリッチーと言う魔物の起源は人間特に魔術師に由来していてその魔術師の死後にアンデット化した者がリッチーになるんだしかしただアンデット化したからといってリッチーになるわけでなく死後に魔術の研鑽を怠らずに極めた末リッチーへと化すんだよここからは色々諸説あるんだがベースとなる人間は名もなき魔術師となる場合が多いらしいと言うのも非才な者でかつ魔術に強い執着を抱く者こそが死後でも未練で現世に残り研鑽を続けることができるという見解が有力でベースが非才な者といえどその実力はもちろん折り紙付き———」 「長い、まとめろ、叩っ斬るぞ」 捲し立てるように喋る魔術師を睨みつける紫雲。懐の刃をちらつかせている。 それを見た魔術師は、しぶしぶと言った様子でまた話し始める。 「…………リッチーと言うのは」 「斬るぞ」 「めちゃめちゃ、つよつよ、まじゅつし」 「上出来だ」 「ものすごく語彙力が低下している!?」 「私も初めて見ましたよ……あの方があれだけ知能の低そうな顔をしているのは」 脅された魔術師は、まるで幼児のような顔で言語を発していた。もはやその表情に知性が宿っているのかも疑わしいほどに緩んでいる。 その凄惨さは隣で見ていた女性陣が思わず声を上げるほどだ。 「それで?なぜ急にそのリッチーとやらに挑もうとしておる。それもわしとそこの女剣士を連れてな」 「りっちーはとてもつよい。ぜんぶのまじゅつしのあこがれ。おれ、たおしたい」 「ふむ」 「ぜんえいはあまきり、こうえいおれ、それでぼこぼこ」 「なるほどな」 「ついでにあのおんなをデコイにする」 「聞き捨てならないんだが?」 どさくさに紛れて女剣士を肉壁に利用しようとする魔術師。そのあり得ない処遇に女剣士は真顔で返答していた。だが、それすら気にせず紫雲は話を進めようとする。 「まぁそんなことはどうでもよい」 「よくないんだが」 「聞きたいことはひとつじゃ手品師。そのリッチーは、どれほどに強い?」 「めちゃめちゃ」 「しっかりせい馬鹿者。ある程度具体的に言え」 「……強さを具体的にと言われてもな……言えることは、少なくとも都の魔術師の誰よりも強い。加えて、おそらく、ギルドに登録している冒険者の誰よりも強いだろうな」 「本当か?」 ギルドに詳しい受付嬢へと視線を移す紫雲。 「あ……はい。リッチーと言えば、最上位の冒険者がパーティを組んでようやく肩を並べられるような魔物ですから。数ヶ月前、三名の最上位パーティが挑んだのですが……」 「敗れて帰ってきたと言うわけか?」 「……はい」 そう説明を受けると、顎へ手を添えて思考するように上を見た。 そこへ、叫ぶように制止を入れる者がいた。 「ちょっと待て!早まるんじゃないぞ、お前たち!」 「なんじゃ、女。早まるも何も、たかだか貴様のような剣士が三人程度であろう?その程度ならわし一人でも十分じゃ」 「いえ……確かに最上位冒険者三名とは言いましたが、編成は剣士一人魔術師二人で惨敗……魔術に有効な手段を持たない剣士を二人パーティに組んでリッチーに挑むのはお勧めできません」 「舐めるな。魔術程度いくらでも斬り伏せられる」 「ですが、おそらくリッチーの扱う魔術に関しては、練度も種類も紫雲さんが見たこともないものが多いと思います。それに……彼女がお二人を止めようとするのも多分……」 気まずそうに、受付嬢は女剣士の方を見た。 「……あぁ、私は、数ヶ月前にリッチー討伐に出向いた一人だ」 「なんと」「そうだったのか?」と紫雲と魔術師。 「確かに、私はもともとパーティを組んでいた優秀な魔術師二人と共にリッチーへ向かった。……その時も提案したのは魔術師の方からだったな。そしてリッチーの元に到達した私たちは、奴と戦闘を始めた。私が前衛で攻撃役。後衛の魔術師は一人が私への支援、もう一人が攻撃。そう言う立ち回り方をした。……支援魔術師の方が優秀でね。一時的にだが敵の魔術を封じる術を発動してくれた。それでリッチーの攻撃手段を封じ、立ち回れそうだったんだが……」 「封魔術結界のことか。まぁ、俺ら程度の魔術師の封魔術結界なんて、リッチーからしたらお遊びのようなもんだろう。魔力が強大すぎて大した効果もなかったんじゃないか。せいぜい魔術の展開に多少の時間をかけさせるくらいだな」 「……そうだ。それで、結局私たちは惨敗を喫した。それも———」 大きく息を吸ってから、彼女は魔術師の方を見た。 「私は、二人の魔術師を失った」 「……なるほどな」 視線をわずかに下に下ろして、魔術師は重苦しそうにつぶやいた。 「それなら、止めるわけだ。前回と違い今回の魔術師は一人。しかも、悪いが俺にはその封魔術結界は扱えない。かなり特殊な魔術だからな。そうなるとかなり———」 「話が長い。まとめろ」 「なんでお前は毎回俺に重ねるんだ」 痺れを切らしたのか、紫雲が横槍を入れた。いつの間にか受付嬢からもらったお茶を啜っている。 「貴様の仲間が死んだ話など今はよい。戦いに出向く者ならばその程度の覚悟くらい済ませておけ。そやつらとわしを一緒くたにするな」 「しかし……!」 「黙っておれ。……それより、リッチーとやら、話を聞く限りでは多少腕のたつ手品師らしいようじゃな」 「いや……全く次元が違うからな?」 「まぁよい、わしは強者と戦いたいんじゃ。そこの男の提案に乗ろう」 「なぜ今までの話を聞いても戦おうとするんだ!」 「……お主は、なぜわしらに関わる。別にどこの誰とも知らん者の死にゆく様などどうでもいいじゃろう。放っておけばよいものを」 「バカを言うな……!死にに行こうとするものを止めないわけがないだろう」 「ならついて来てわしらを守って見せろ。言葉で説得できんのなら行動で示してみろ」 「それ……説得されてる俺らが言うことなのか……?」 疑問の目を紫雲に向ける魔術師だったが、どうやらそんなことはどうでもいいらしい。変わらず不機嫌そうに女剣士を見ている。 「———っ!わかった、わかったよ!だが危険だと感じたらすぐに逃げるぞ」 「それなら俺の瞬間転移がある。逃走に関しては問題ないだろう」 「決まりじゃな」 そう結論をまとめると、魔術師は手に持っていた依頼書を受付嬢へと差し出した。
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