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「貴様……西島五月は、上司に面談室で呼ばれて、そこで初対面となるはずだ。だからそこから再現してもらおう。一度この応接室の廊下へ出て、ノックして中に入ってこい」
まりんは驚いた。今、一部しかない原稿は自分の手元にある。彼はそんな細かいところまで覚えているというのか。一度、あんな早さで読んだだけの原稿だというのに。
――見えていた以上に、ちゃんと読んでくれてたのかな。……中盤までだけど。
よくよく考えたら、“中盤まで”だとしても五万文字程度はあったはず。なんせ約十万文字の長編だったのだから。忙しい忙しいと言いつつそこまで読んでくれたのは、まったく期待していないわけではない――ということなのだろうか。
あまりポジティブに考えすぎると、そうでなかった時にショックを受けることになる。まりんは一度部屋を出ると、廊下でぶんぶんと首を横に振って気を取り直した。雑念を振り払い、左手で原稿、右手を持ち上げてノックの体勢を取る。
「“し、失礼しまあす!”!」
妙に緊張してしまって、声が裏返った。ドキドキしつつドアノブを回し、中に入る。
国枝に見せた小説――“イケメン上司に溺愛されて”は、普通のOLである西島五月の部署に、イケメン上司こと高篠錬が異動してくるところから始まる。異動してきて早々高篠は面談室に五月を呼びつけて話をし、そこで五月が高篠に一目惚れしてしまって猛アタックするという流れだ。高篠はそんな五月を面白おかしく受け流しつつも、実は高篠も最初から五月をモノにしたいと思っているのに翻弄しているという話。二人は何回かのデートの後にベッドインして、最後にはお約束の結婚ハッピーエンドにこぎつけるというわけだ。
これは、一番大事な最初のシーン。
高篠に一目惚れし、高篠も五月を見初めるという大事なシーンを、自分と国枝で演じる。なんだか、己が本当にヒロインになったようで非常に気恥ずかしい。それこそ、二次創作で言うところの夢小説の主人公にでもなったかのような。
「“どうぞ”」
その声に、がちゃり、とドアノブを回すまりん。中に入ると、応接室のソファーの上で相変わらず長い脚を組んで座っている国枝の姿がある。彼はまりんが入ってくると、にっこりと微笑んで言った。
「“どうぞ、座ってください”」
思わず、ドキリとする。演技だとわかっていても、イケメンの微笑みというやつは心臓に悪い。
――あんた絶対、そうやって笑ってた方がモテると思うんだけど……!
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