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<1・作家になるのは簡単じゃない。>
緊張の一瞬、とはまさにこの事だろう。
十六時五十九分。一体何度、スマホの時計を眺めたことか。
この表示には、秒針なんてものはついていない。一分が、さっきからあまりにも長い。
あと四十秒?あと三十秒?あと、あと、あと、あと。
――落ち着け、落ち着くんだ私。
女子大生・芦川まりんは、何度も深呼吸する。今日の十七時で、間違いないのだ。自分が長編小説を応募した“秀英館新人小説大賞”の第一次選考結果が出るのは。
今回は、かなりの力作だという自信があった。
主人公の魅力もたっぷり盛り込んだし、流行の展開もがつがつにねじ込んだ。カテエラということがないように、きっちり過去の受賞作なんかも研究してきたのだ。流石に、一次で落ちるということはないはず。狭き門とはいえ、この小説大賞では二割の人が一次を通過できることになっているのだから(あくまで例年なら、だが)。
きっと大丈夫、今回は大丈夫、私の作品は面白い。そう何度言い聞かせたことだろう。
ぱっ、と。時計の数字が繰り上がった。
十七時。
発表の、時間。
――うおおおおおおおおおお!
私は更新ボタンをクリックした。画面が切り替わる。第一次選考結果発表、の文字が並ぶ。心臓がばくばくと音を立てる中、まりんはゆっくりと並んだ作品名と作者名をスクロールしていった。
まりんのハンドルネームは、“まりもっち”。WEBサイトで使っている名前をそのまま応用していた。いかにもハンドルネームな名前ではあるが、平仮名ならみんなに読んでもらえるし覚えて貰うこともできるだろうと考えてのことだった。小学生の頃からの夢。小説家への第一歩。WEBサイトからの拾い上げなんて運ゲーではなく、公募に応募してみようと始めたのが高校生の時。それから数年、いまだに一度も一次選考を通ったことがないのだ。
今度こそは、と期待していた。
今度こそはきっと、きっと、きっと。
「だああああああああああ!今回も名前がねえええええええええええええええ!」
脱力あまり、思わずまりんは頭を抱えて叫んでしまった。ボブカットの茶髪を振り乱したところで、すぐ隣に座っていた友人が慌てたように肩を叩いてくる。
「ちょ、まりもちゃんまりもちゃん!今授業中!!」
「……ア」
そこで。ようやくまりもはこの場所が、大学の講義室であること。己が授業中にこっそりスマホを見ていたことを思い出したのだった。
「芦川さん」
年配の女性助教授が、教団の前で張り付けたような笑みで言う。いや、口元は笑みの形を作っているが、目がまったく笑っていない。
「講義中は、静かにね?」
「……ハイ」
どうも、すんませんでした。
まりんは他の学生たちの視線を感じながら、二重の意味で肩を落としたのだった。
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