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あっ──と両手で口元を押さえつつ、先生からゆっくりと視線を逸らす。
「あっ、じゃないだろ? ちゃんと約束したのに……。今度先生って呼んだら……そうだな、真悠子にキスでもしてもらおうかな」
「えっ、き、キス……? ど、どこに?」
「はっ? い、いや、どこって言われても……」
先生の病気のことばかり考えていたら、つい「どこに?」なんて口走ってしまった。恥ずかしくて視線をさまよわせていると、「そんな返しをされるとは……」と、先生がごにょごにょと何か呟きながらスーツケースをトランクに入れた。
「真悠子、車に乗って」
私が助手席に乗り込むと、運転席に座った先生が、ナビにお墓の場所を入れ始める。
「ここから車で30分くらいか。そんなに遠くではないんだな」
そしてハザードランプを消すと、先生は静かに車を発進させた。車の後部座席にはどこかで購入してきたのか、お供え用のお花が置いてある。私は少し落ち着いたところで運転席の先生に視線を向けた。
「遼輔さん、ひとつ言っておくことというか、伝えておくことがあって……」
「伝えておくこと?」
「はい。あのお墓なんですけど普通の石のお墓じゃなくて、仏壇式のお墓なんです」
「んっ? 仏壇式のお墓?」
眉を顰めた先生が、一瞬チラッと私に視線を向けた。
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