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「だけど、なにがそんなに怖いのかね、人なんて」  と山猫族のレンが強がりを言う。  耳をピッと立ち上げて、藪を駆け抜けるネズミ達の足音を数えながら、 「爪とぎの役にも立たないなよなよした肌をして、牙なんか一本も生えてないってのに」 とこきおろすと 「まったくだ。人なんか木にも登れず淵へも潜れないのに」  サル族のアレジが同意する。 「だけど人は罠で鹿を捕えるし、矢で猪も射殺すじゃないか」  目玉まで真っ黒い熊族のギザはそう言った。  ずんぐりと肥えた胴体と太い四肢が将来の巨躯を約束している圧倒的な存在感なのに、うまれつき臆病な性分なのだ。 「そりゃあ道具を使えば人だって獲物を狩ることはできるさ」  レンは仕方なく認めた。 「でもだからって怖いかね、人なんて」  とアレジはレンのセリフを繰り返した。  月の明るい秋の夜、同じ春に生まれた獣たちはときどき松林に寄り合って顔を繋ぐ。  縄張りが重複するそれぞれの仲間たちが無用な争いを起こさないために。 「それはそうと、ヤタツはどうした?」  レンが言った。 「ここにいる」  少し離れた岩の上から返事があった。  体と同じほどの長さのある金色の尻尾を体に巻きつけた狐族のヤタツは、レン達の話を聞くでもなく聞いていた。 「ヤタツは時々、村へ行くだろう、人を怖いと思ったことあるか?」  アレジに訊ねられ、ヤタツはんーと首を傾げた。  ヤタツが村へ行くのは人の姿形を観察したり、仕草や声、表情などを学ぶためだった。  畑を耕し稲を育て、川魚を獲ったり山鳥を捕えたりする村の人々は争うこともなく、穏やかだった。 「いや、ないな」  答えながらヤタツは 尖った鼻先を空へ向けてしきりに夜気の匂いを嗅いでいる。 「どうした?」 「さっきから、妙な匂いがするんだが」  と言うヤタツの言葉にレンがどれどれと岩に並び立った。  それはヤタツもレンも嗅いだことのない甘い優しい匂いだった。 「行ってみようか」  好奇心のつよいアレジが言い出した。  ギザは反対だったが、仲間にこれ以上腰抜けと思われるのが癪で黙っていた。  ヤタツとレンはもう匂いの方へと駆け出している。
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