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「ありがとうございました」
丘の上の桜の根本に、大きな酒瓶と大量の油揚げを供え、少女は手を合わせた。
「おかげさまで無事に破談となりました」
少女の横には、若い男が同じく神妙に手を合わせている。
娘の屋敷で雇われている下男だった。
天空にはいつかと同じく、丸い月がかかっていて、旧知の友人のように二人の旅路を照らしてくれている。
「さあ、もう出発しないと」
「ええ、家の者が気がつく前に」
若い二人は肩を寄せ合って、県境に向けてあるき出した。
「人ってのは恐ろしい」
二人の影が遠ざかって行くのを見送って、アレジが真顔で呟いた。
「なにせ、狐を誑かすんだからな」
とギザも身を震わせる。
「あの酒が手付けだったってわけか」
レンは前足で顔を洗いながら、呆れ半分面白ろ半分な顔でヤタツを見上げた。
ヤタツは勝手に変化や狐火を使ったと婆様からさんざんお仕置きをされた。
使う相手を間違えば、怪異妖怪と危ぶまれこの辺りに住む狐族全員に類が及ぶところであったと。
罰として百箇日の禁酒も言い渡され、お礼参りの酒も飲めない。
「骨折り損だったなぁ」
「まあそうでもないよ、人は案外面白い」
ギザが同情して言ったが、ヤタツは存外上機嫌だった。
あれから、新月の晩になると、甚右衛門がお重に詰めたご馳走を供えに森へやってくるようになった。
きんぴら、やっこ、そら豆の炭焼きとお篤の好きだった料理を、お篤の妹で四才年下のお徳に頼んで詰めてもらっている。
この頃は二人でお重を携え、森へ分け入ってはお篤の思い出話などして懐かしんでいるようだった。
ヤタツはもう二度とお篤に化けるつもりはなかった。
「人はやっぱり恐ろしい」
森の獣たちは顔を見合わせて頷き合うのだった。
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