古本屋『不思議堂』

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「あれ? こんなところに本屋なんてあったっけ?」  朝倉優斗(あさくらゆうと)は毎日通っているはずの道で、見慣れない本屋を見つけた。新しくできたチェーン店の大きな本屋ではなく、雑居ビルの1階にある少し古ぼけた看板がある本屋。外観からして古本屋なのだろう。 「えっと本屋の名前は……不思議堂? なんだそれ」  かすかに読み取れた看板の名前。優斗は首をかしげる。 「毎日この道を使っているのに、こんなところに古本屋があるなんて知らなかったな。まぁ、朝は毎日時間を気にして急いでいるし、夜はバイトがあってこの道は使わないし、使ったところで帰るころには閉まってて、わからなかったんだろうなぁ」  優斗は店の前に立って今日の予定を思い出す。 「今日は日用品と食材の買い出しくらいで、誰かと会う予定はないな。最近は読書もご無沙汰だったから、ちょっと入ってみようかな。綺麗な本屋もいいけど、こういうちょっと味のある本屋のほうが実は貴重なものと巡り合えたりするから、好きなんだよね」  優斗はドアを開けて中に入りました。店の中には人がやっと一人通れるくらいの間隔幅で本棚がぎっしりとそれこそ天井近くまで壁一面にあり、入りきらなかった本は床にまで積まれている始末。  レジのところには膝に三毛猫を乗せたおばあさんがいた。入ってきた優斗に軽く会釈をしてきたので、優斗も会釈を返した。そして店内を見て回る。 (はずれだったかな? いや、でもこういうところのほうが、いい本が見つかったりするんだよね。それに卒業論文の題材もそろそろ考えないといけないし。なにか、参考になるかも)  優斗はこの春、大学3年生になったばかりだ。文学部の日本文学科に通っている。優斗の大学は夏には卒業論文で、どの時代の何を学ぶかによってゼミが決まり、秋にはゼミの授業が始まるという、ほかの大学より卒業論文に取り掛かるのが早い。  優斗は今まで1、2年と授業を受けてきた中で、江戸時代の文学に興味を持っていた。その中でも特に、妖怪が出てくる話が好きだった。これは小さいころから、妖怪とか怪奇現象が好きだったことが影響しているのだろう。  優斗は積まれている本を崩さないように気を付けながら、店の端まで行き、じっくりと物色することにした。 (組紐で閉じられた本から、触れたら今にもバラバラになりそうな本まである。でも、中には真新しいものもあるし……。というか、予想通りジャンルがバラバラだな)  歴史書の隣に占いの本があったり、作者の名前もバラバラだ。というか、見たことがない名前ばかりだ。 (専門性が強すぎて、僕が知らないだけか? あ)  優斗は一冊の本を手に取った。タイトルには『江戸時代における妖怪について』とあった。 (参考になりそうなもの見つけた! 担当してくれる外部のゼミの先生には、妖怪が出てくる物語も扱っていいって許可はもらってるし、一応、中身確認して使えそうなら買おうかな)  少し古ぼけてたが中を開いてみると、江戸時代において、妖怪の位置づけが細かく書かれていた。また妖怪画を描いたことで有名な鳥山石燕のことなど、彼が描いた妖怪たちの姿も載っていた。 (これは最高の資料じゃないか! これを買っていこう! あれ? でも値札がついてない)  本のあちこちを調べてみるが、どこにも値札がない。 (よわったなぁ。こういうのって、高かったりするんだよね。僕の所持金で足りるかなぁ)  不安にはなったが、せっかくの資料を手放したくない。優斗は覚悟を決めて、レジに持って行き、レジの前の台に本を置いた。 「これをください」 「……え?」  耳が遠いのか、おばあさんが聞き返してくる。優斗はおばあさんの耳元に顔を近づけて少し大きな声で言った。 「この本をください!」 「あー、はいはい。かまいませんよ」 「おいくらですか?」 「うちはね、お金はいただいてないんですよ」 「え?」 「お代はあなた自身なんです」  おばあさんがそういうと、本は独りでに立ち上がり、バラバラとページが勢いよくめくれはじめた。 「え!? な、なんなんだ!?」  優斗は突然のことで硬直する。すると、本の動きが止まった。本は真っ白なページを開いていた。  本が触れてもいないのに勝手にページがめくられたことも意味が分からないし、おばあさんのいう「お代はあなた自身」というのも意味がわからない。  優斗はだんだんと恐ろしくなり、じりじりと後ずさりをする。だが、優斗の動きに合わせて、本もにじり寄ってくる。 「な、なんだよ! もうこんな化け物みたいな本、いらねぇよ!」  優斗はそう叫ぶとレジに背を向け、ドアに向かって走った。だが、狭い通路と床に積まれた本たちが優斗の道を阻む。そのとき、優斗が買おうとしていた本が飛び上がり、優斗に襲い掛かった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」  パタンっと本が床に音を立てて落ちた。そして、今まで悲鳴を上げていたはずの優斗の姿はなくなっていた。 「ミケ、取ってきてくれるかい?」  おばあさんの膝の上に座っていたしっぽの先が二股に分かれた三毛猫が、ぐぅーっと体を伸ばしてから、床に降りて、今しがた優斗が買おうとしていた床に落ちた本を咥えて、おばあさんのところに戻ってくる。 「ありがとう。どれどれ、今度はどんな物語が生まれたんだろうねぇ」  おばあさんが本を開くと、何かから必死に逃げる優斗の姿が墨絵で描かれていた。 「この本は妖怪に関する本だから、この子は今頃、初めて見る妖怪にでも追われているのかねぇ? でも、妖怪たちと仲良くなれれば、現実よりも楽しい生活が送れるようになるよ。それか、妖怪退治の英雄である頼光四天王に弟子入りするのもいい。物語は無限大だ。せいぜいこの老いぼれを、楽しませておくれよ」  おばあさんは、にたりと不気味な笑みを浮かべながら、本を優しく撫でた。二股の三毛猫はふわぁ~とあくびをして、またおばあさんの膝の上で丸くなった。
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