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「げほっ。げほっ」  カーテンが閉じた、ほの暗い寝室にランベルト伯爵の咳声だけが響いていた。私が閉じた扉の音に、その妻のシャルロッテが気が付き振り向いた。 「先生。夫が……」  ベッドの傍らに座ったシャルロッテの顔は、カーテンの隙間から忍び込んだ明かりが疲労の影を濃くしていた。 「今日は新しい薬をお持ちしました」  私は痛々しいシャルロッテの姿から目をそらすと、いつものように座る場所をかわった。 「伯爵。大丈夫ですか。薬は飲めますか」  伯爵はコクリと一度だけ頷いた。もう話すことも私の目を見る力さえもない。謎の病は確実にこの館ごと蝕んでいるようだった。 「これは南蛮より取り寄せた貴重な薬です。大変飲みやすく効き目もあるかと」  私は伯爵の上体を起こして背中をさすると、鞄から茶色い薬瓶を取り出した。そして中身を、ひと匙すくうと伯爵の口へと運んだ。  真珠のように艶めくキャビアに似た薬は、糸を引いてスルリと伯爵の口の中へと入っていた。咽ることなく飲み込んだ伯爵を見て、私は上手くゆくと安堵した。ふたたび光り輝く館と、そこにある笑顔を取り戻せるだろうと。
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