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一話 奈落
人生を箇条書きにすると本が一冊書けそうな人はある意味バリエーション豊かな人生を送ってきたと言っても過言ではない。
因みに僕はそんな分厚い人生ではなかった。
要約すると一行でいい。
「もうすぐ終わりだ」
駅前の冷たいアスファルトは夏でも冷たい。
世間みたいに。
首を横に振る。右隣にズラっと並ぶのは何かの音楽グループのライブチケットの列だ。
僕も並んでいるわけじゃない。たまたまそこに寝ていたのだ。
ガサゴソとポケットを漁る。財布はない。剥き出しのお札が二枚。
ゴミ拾いのバイト代は日給二千円だ。丁度よく寝ぐら近くの土木作業員の面接に落ちた後だった。
「あのう」
はい、と返す前に見た。
列から離れて僕を見ていた少女。シャープな目鼻立ちの仕事の制服みたいな服を着た20代くらい。怪訝な顔。
「ここスペース、邪魔してます。並んでる人ですか?」
「あ、うん」
沈黙と風と少しだけ動く列。
「すいません、私こちらのイベントのスタッフなんですが」
僕はなんていうか迷った。
どいてくれって事だ。
適度な距離をとって、顔を歪めている。
内心舌打ちした上で、
「じゃあ」
「はい? えーと」
「さよなら」
沈黙と夏のミンミンゼミ。
スタッフのすいませんに目もくれず、
「じゃあね」
僕はじゃあをまた復唱して踵を返す。
ほっとする少女の溜め息を無視して駅に行く。金はまだある。改札をクリアし、反対車線から電車。
ふと思ったけど、やっぱりやめた。
やっぱり立つ鳥跡を濁さずというか、死ぬならこれじゃだめだ。
こんな中途半端な、何が理由で死んだのかもわからないような惨めな死に方じゃ、
「……」
ふと、みると僕は無意識のうちに車内にいた。
吊り革に掴まって早巻きの映画のフィルムみたく流れていく景色を見ながら、目を死んだ魚にする。まあいつも死んでいるが。
1日に一回は電車に乗る。
日課のように乗っていた学生時代を思い出す。
高校は退学した。
おめー休み過ぎだからと摘み出された。
このカラフルな世界で、1人だけモノクロームみたいな窓に映った自分を見ながら登校していた。
家庭環境はそんなに悪くない。
強いて言えば皆、我が身第一というよりか、僕以外の事だけに労力を割いてる感じで、それは家庭だけでなく学校、前働いてたバイト先、通行人から虫の一匹に至るまで、なんだか興味がなさそうで、対する僕は酷く冷めた感じだったと思う。
まあいっか別に、長生きはしねーしなみたいな。
取り立てて不幸ではなかった。普通に生きてるだけで僕みたいにスルーされる人はいる。
不幸でも幸せでもない、
泣くほど辛い事があるわけじゃないから泣くこともできない。
ゆっくり腐って死んでいく、そんな陽の当たらない人生に──あの日ある事が起きた。
『あのですね、お客様。お時間ですので』
言われてすぐ起き上がる。気付かないうちに寝ていた。車庫に入る直前だった。半目で謝って、のそりと外に出る。
何処に行くわけでもない。
何をするわけでもなくまた駅近のコンビニに吸い込まれ、カップ麺とか買って寝ぐらにつく。
昔、退学した僕に親は何も言わなかった。さっさと就職しろとも出て行けとも言われない。
家でゲームやってたまに外に出てなんか買って帰ってくるくだらない毎日を送る落伍者。
何もない毎日毎日。
馬鹿馬鹿しいと死ぬ事すらも絵にならない。
とりあえず今日も僕は街に行く。
たまに田舎まで電車で遠征し鳥の声を聴くが今はそんな金もない。
眠らない街とやらは明らかに仕入れられる飯の量に違いがある。リスクはあるが目立つ格好さえ避ければ、皆むしろ近づいてこない。シケモクを吸いながらふらつく。
しかしそれでもちょっかいを出す人は僅かにいる。嘲笑したりビール缶を投げてくる奴もいる。僕の容姿年齢は不詳。何に見えても不思議はない。
ああ──嗚呼つまらない。嗚呼、嗚呼嗚呼。
とりあえず暇だから。
そんな理由で僕はこれから新しい地でまた寝ぐらを探す。
暑くて暑くて仕方がなかった。
仕方なく入った先はユニクロが入ったビルの四階だ。
綺麗めのビル。エスカレーターを登ってすぐに、らしき戸がみえた。
ガラス戸にコンビニのマークが書いてある。
都心駅のコンビニだからそれなりに人はいる。
「いらっしゃいませ!」
快活な声に、少しだけ陽が差した様な気さえした。
これが僕のあの事件に繋がる最初のスタート地点だ。
近くの階段に段ボールを敷いて寝た。うるさく言われたら逃げればいい。
翌朝はまあまあの眠りで気分良く欠伸をしていた。
すると真上に影が降った。
顔を上げた先に、整った服を着た男が立っていた。
名刺を差し出して、
「ボランティアの者です。すいませんがこの近く、というかこのビル。丁度うちの所有でしてね。お話よろしいですか? ていうかお歳は幾つです? 結構若くないですか?」
僕は難しい顔をして17ですと答えた。
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