追 跡

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追 跡

 はぁ……はぁ……はぁ……  荒い息を整える暇もなく、走り続けている。丈の長い草葉の剃刀に似た薄刃が、裸足の脛を擦ってチクチク痛痒い。  もう……諦めようか……  目の前に広がるは、果てのない夜霧。視界を上げても下げても、白く濁った闇の中。我が身すら灰色の影としか捕らえられない。終わりの見えない焦燥感に、ゆっくりと足を止めた。 「足音がしたっ! は近くに居るぞ!」 「油断するな! 一気に囲い込むぞぉ!」 「よしっ! 見失うな、追えぇっ!」  互いを鼓舞する怒号が行き交い――ぬかるみを駆ける重い水音があちこちで跳ねる。 「追えーっ!」  ――追え……? そうだ、追わなければ……! 「逃すなぁー!」  ――逃して、なるものか……!  男達の声が、頭の中で反響する。耳の奥を撫でるような錯覚に、背筋がゾクゾクと逆立つ。獲物を求める衝動が、萎えかけていた俺の心に鞭を入れ、奮い立たせていく。  ――狩るんだ――俺が、狩らなくては……! のは、俺だ!  明確な意思を持って足を踏み出せば、深い霧さえも我が身を護る鎧のように思えてくる。漠然と俺を支配していた不安と恐怖は、一歩ごとに砕け、四散した。  はぁ……はぁ……はぁ……  誰かの乱れた呼気が耳を掠め、流れる霧が頰を撫でた。こちらに近づきつつある何者かの気配を感じ、息を殺して五感を研ぎ澄ます。  白い闇のスクリーンに一点、灰色の影が現れ……徐々に濃さを増す。猛々しい高揚感が首筋にねっとり絡みつく。ゴクリと唾を飲み、俺は静かに笑みを浮かべた。
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